2009年11月15日 (日)

そして土日は過ぎていく…

 ネタ切れっぽいので、戯言連発ですが…

 なにかやらなきゃいけないことが何もない、という状態はたとえ土日でもほとんどない。まあ40代半ばなんて年齢は、どんな職種でも似たり寄ったりだろう。

 たいてい金曜の晩に、さあこの二日間でそれとかあれとかをやっつけてしまうぞ、と気合いを入れるのだが、気合いが入った分、何年も着た切り雀だった日常着の購入だとか、何年も替えることのなかった携帯の機種交換だとか、妙な所にエネルギーが注ぎ込まれてしまう。

 そうやって心のバランスをとっている部分もあるのだろうが、やるべきことをやれなかったという妙な罪悪感だけは残る。何もかも自分の計画通りに進むなんてことはあり得ないのに、この年になっても若い頃の完全主義的な傾向が体のどこかに残っているようだ。

 ずいぶん前に紹介した『迷走王ボーダー』(大人向け)という漫画に、「遠くの誰かに好かれることは近くの誰かに嫌われるってことかも知れない。」という脇役のセリフがあった。無為に過ぎていく土日の物憂さも、それと似たようなものかも知れない。


 

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派手好き!?

 何しろ若い頃は、トリコロールのCBR400RR(バイクです)とか、真っ赤なTRX850(バイクです)とか、派手なものばかり乗ってましたので、「恥」の基準が一般人より低くなっているようです。

 初めて買った新車のバイクは黒でしたが、CBRを買う時になんだか自分の中でスイッチが入ってしまったような感じでした。未知の世界に突入ですな。

 今乗っている車はSRVといって、用途不明な飾りだらけの真っ赤な普通車です。まあ13年間もよく私につきあってくれたものです。現在納車待ちの車は、いよいよ「恥」も突き抜けたディープな世界に突入のようです。(そんなに高価な車ではありませんけどね…)

 まあいろいろ失ったり夢見たり、相変わらず心の中は騒がしいのですが、車なんか買おうとしているのもそういったことの一種の代償機制なのかも知れません。(前に書いたように、知り合いにSRVをへこまされてしまったのがきっかけなんですけどね…^^;)

 どんな車を購入しようとしているかについては、また後日。


追記

 20年以上車を運転していますが、所有した車は2台のみ。次ので定年までかな。

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2009年11月 8日 (日)

まあ秘密にしなきゃいけないような話でもないだろうから

 県の読書感想文の審査を今やってます。

  審査は各学年3人ずつ、それぞれの作品に対して五段階の評定で審査します。自分の知っている生徒に高得点付けたり、逆に遠慮して低い点を付けたりしないように、応募票をはいで、どの学校の作品かもわからないようにしてやります。(まあもちろん自分の教えたことのある人物の作品は文体やら何やらである程度わかっちゃいますけどね)。

 自分が現在勤務校で担当していない学年ということで、今年は1年と2年の審査を担当しました。現在までのところ2年の50作品を読み終わったところです。

 もちろん教員ですから、学習指導というスタンスからは離れられないのですが、なにしろ各学校の代表クラスの作品ですから、そんな立場にあっても個人として楽しめる作品も結構あります。

 大分県は去年のセンター試験で国語が全国4位と聞きましたが(書いていいのか?^^;)、読書感想文もなかなかのものです。日本の将来は明るい!と久しぶりににんまりさせられました。

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2009年11月 5日 (木)

13年ぶりです。

 ある日曜の朝、突然私の下宿のドアが尋常ではない勢いで叩かれた。寝ぼけ眼で出てみると、お世話になったある人物が真っ青な顔で立っている。「どうしました?」と尋ねると「大変、大変、車をぶつけたの。」とおっしゃる。

 出てみると、13年間連れ添った私の真っ赤な普通車の鼻面が、きれいにへこんでいる。なんだかデザイン上意識的に削ったかのようだ。「ああ、このくらい何でもありませんよ。」とさわってみると、ウィンカーがぽろりと落ちて垂れ下がった。

 正直困った。これを修理に出すと、曲がる度にぎしぎし悲鳴を上げる我が愛車は、間違いなくエンジンやら足回りやらにあれこれ欠陥が見つかるはずである。そうなると修理代のどこまでが事故の分で、どこまでが修理をさぼっていた分かわからなくなるのは見えていた。一応私は日本男児のつもりなのでいい加減なことはしたくない。

 気づくと車検が今年の12月である。それで新車購入を決意した。まあきっかけが欲しかっただけのような気もするので、事故はむしろタイミングがよかったのかもしれない。

 で、次の車はというと…なんと2シーターである。だはははは。ついに不惑に辿り着いたかな。
(※ そんなでたらめに高額な車ではありません。)

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元気が出るなあ

 内田樹さんの講演を観てきました。全く想像通りの方で、ずいぶん前から何度も講演を聴いていたような不思議な感覚がありました。
 「バガボンド」の話とか、文科省の話とか、内田さんのブログでもおなじみの話題に加えて、「ランダムに並べたものの背景を探り出す能力」とか、『どくとるマンボウ青春期』に出てくるあるエピソードの話とか、なんだか私の興味そのものといったお話のオンパレードでした。本当に100分間があっという間でした。

 最も興味をそそられたのは講演の最後の方の話題の一つ、「日本語は言語認識の際、平仮名に対しては脳内の言語認識の機能、漢字に対しては脳内の図形認識の機能と、二つの脳の機能を同時に働かせる必要がある」というものです。養老孟司さんの話された内容ということですが。
 実は、テクスト読解の際に線状性に縛られるケースと縛られないケースとがあるのに最近興味を持ち、あれこれ頭の中で考えていました。なんだかその答えをあっさり示してもらったような感じです。そもそもなぜ人は言語認識の際に線状性に縛られるのかという疑問はまだ心の中でくすぶってはいますが。いや時間はなぜ存在するのかという疑問に等しい空論であることは百も承知ですけどね。

 ふとラングは図形認識機能から生まれたものなのかもしれないなあなんて考えていました。(というより内田さんは最初からそのつもりで話をなさっていたような気もしますが…)

 今日はアトラクションの精華女子高等学校のマーチングを聴いていた段階から、梶井基次郎の「器楽的幻想」みたいに頭がクラクラしていましたし、なんだか一日桃源郷をさまよってきたようでした。さあ、ノー味噌立て直して明日からしっかり仕事せねば!

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2009年11月 1日 (日)

73センチ

 10年以上はき続けたジーンズのおしりに穴が開いたので、新しいのを買いに行った。
 サイズは29インチでまだ余裕があった。29インチは胴回りで73センチとどこかに書いてあった。
 メタボ85センチの12センチ分はどこに行った?

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2009年10月30日 (金)

「カリートの道」

 私が映画を観る時、特に誰が監督をしているかをチェックポイントにすると前に書いた。
 ごくたまに、こいつの出ている映画ならまあ外れないだろうと思って観る時もある。
 それがアル・パチーノだ。
 このおっさんはしかしなんでまたこんなにかっこいいのだろう。
 演じる役が格好いいだけでなく、アル・パチーノ本人もあんな感じのようだ。
 それだけにどんな映画に出ていても「アル・パチーノ」に見えてしまう。
 その分安心して観られるのだが。

 「カリートの道」を久しぶりに観たが、やっぱりかっこいい。
 当たり外れの大きいブライアン・デ・パルマ作品の中では、見事に「当たり」である。
 クライマックスあたりは「アンタッチャブル」の使い回しという気もしないではないが、
 演出オーバーになりがちな彼の作品としては、結構抑え気味であり、
 なんともいえずいい感じだ。
 エンドタイトルの演出もせつなくていい。

 数年おきに観て、その度にしびれている。
 また数年後に観よう。


※ ギャング映画です。やや大人向け。

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2009年10月29日 (木)

あばれるにまかせるしかないもの

 心があばれている時には、あばれるにまかせるしかない。
 コントロール不能だからこそ、心は面白いのだ。それが人間性というものだろう。
 あばれて当然の心を、コントロールできるとしたら、その人物は漫画のキャラか何かだ。
 ミスタースポックとかゴルゴ13とかかな。
 うーむ、何が言いたいのか自分にもよくわからないが、日記だからということで。

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2009年10月28日 (水)

狼男と吸血鬼

 どちらも不死身キャラの代表格だ。

 ずいぶん前に書いたが狼男は自由と個性のメタファーとして生み出されたものだろう。それでは吸血鬼は何をモチーフとして生み出されたものなのか。

 吸血鬼は、見た目若く見えたら実は何百歳だったというのがパターンだ。狼男が若者の象徴なら、吸血鬼は若さへの羨望を象徴しているのかもしれない。
 何しろ中身は年寄りだから、若さを浪費し尽くして、空っぽだ。不死身なのは狼男のように無限にエネルギーがほとばしりでるからではなく、最初から空っぽだから傷つけようがないからなのである。

 ところで、最近正真正銘の若者なのに吸血鬼、というキャラをよく見かける。なぜだか違和感がない。二、三十年前に題名は忘れたが「若者なのに吸血鬼」を売りにした映画がはやったことがあるが、それは吸血鬼というより狼男的な青春爆発型のキャラだったと記憶している。最近のヤング吸血鬼の特徴は中身までちゃんと本家同様空っぽなところにある。空っぽだからそれ以上傷つきようがない。

 熊男はというと相変わらず不死身だ。不死身な自分を楽しんでさえいる。しかしお前は狼男型なのか吸血鬼型なのかと聞かれたら、ちょっと迷う。
 内面からこんこんとわき上がってくるものはまだまだ尽きない。ほとんど誇大妄想に近いレベルでさえある。逆のベクトルで、ありとあらゆるものを受け止めて引き受けてやろうとも思う。子供の頃に読んだ「ニーベルンゲンの歌」とか「ローランの歌」の悪影響は、まだまだ体の奥に残っている。
 しかしふと思う。なにもかも受け止めることと、空っぽであることは、果たして真逆と言えるのだろうかと。「色即是空空即是色」なんて言葉のことをふと思い出す。(※わたしゃ無神論者ですが、そういうのは思想として興味があるのです。)

 狼男と吸血鬼は、同じものの、陽と陰なのかも知れない。


追記

 「真逆」という言葉をふと使ってみて、その言葉の使い方が正確なのかどうかネットで調べてみて驚いたことには、どうやら若者言葉であるらしい。うーむ、俺もまだまだ若いということか^^
 昔はやった映画というのは「ロストボーイ」だったかな。わたしゃ面白いとは思いませんでしたが。キィーファー・サザーランドの駆け出しの頃の作品だったと思う。(我ながらよく覚えてるな)

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2009年10月27日 (火)

本日の晩ご飯

 オリーブオイルをフライパンで熱する。
 ニンニクのスライスを投げ込む。
 もらい物の生椎茸5つぐらいを適当に刻んだやつを投げ込み
 ほうれん草5株ぐらいを適当に刻んだやつを投げ込み
 ほうれん草がしなったらポン酢をまく。
 適当に皿に盛る。

(感想)
 それなりに食えたが、にくにくが全く味に参加していない(ような気がする)。
 ポン酢をまいた時点でポン酢の味だ。
 まあにんにく自体が好きなので、食べられればそれでいいのだが。
 あとはこれに加えて、納豆パックを二つ食べた。
 ふと気づくと………なんと私はベジタリアンだったのか!

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