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2007年11月27日 (火)

「詩の楽しみ」

 自分が考えたことのような気になっていて、実は昔読んだ本に書いてあったことをいま思いついたことであるかのように話してしまうことがたまにある。

 昔懐かしい岩波ジュニア新書に吉野弘さんの「詩の楽しみ」という本がある。中学から高校にかけて何度も何度も繰り返し読んだ。少年期から青年期にかけて、私は気に入った本を数十回以上繰り返し読み込んでいた。(深代淳郎さんの「天声人語」や、北杜夫さんの「どくとるマンボウ青春期」なども同じように読み込んでいる。)

 最近、学校の図書館で懐かしい「詩の楽しみ」を見つけて、ぱらぱらとめくってみた。そして、これが始まりだったんだなと確信した。30歳頃、自分が当時持っていた全てを注ぎ込んだ修士論文の全ての章に、「詩の楽しみ」の直接的な影響があるのをはっきりと感じた。記号論しかり、現象学しかり、アイデンティティ論しかり…。まるで私の青年期以降の読書遍歴は、「詩の楽しみ」に書かれている内容を確認しようとしていたかのようでさえある。

 おもしろいのは、このブログ「洞穴日記」に偉そうに書いてある内容にさえ、「詩の楽しみ」の影響が見て取れることだ。というより内容をそのままパクっているものさえある。自分が考えたことと思いこんでいただけに、冷や汗の出る思いだ。(具体的にはおしべとめしべの話です。2007年3月11日の記事「素朴な疑問」あたりの内容がどうも影響を受けているふしがある…。人は不完全だからこそ求め合うという内容がそっくり^^;)

 人の心は不思議だ。自分の心の中にたくさんの人々が住んでいて、今の私の心と言葉を作ってくれている。年をとったせいか、それが実感としてある。 

追記 

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コメント

熊男さん、お久しぶりです。久々のこきこみです!
高校の読書感想文の課題図書に茨木のり子さんの本があるんですよ。なんとその中に・・・吉野弘さんのI was bornが載ってあったんです!それを見た瞬間にこの本だ!と思いました。
確かこの詩は授業でしましたよね?熊男さんはこの詩をみてどのように思いましたか?僕は、生まれさせられた命は死んでいく命の為にも生きるという形として存在しなければならないのだ、ということを暗示しているのではないのかなと思いました。

投稿: マウンド | 2008年4月 4日 (金) 02時13分

 課題になっていた茨木のり子さんの本も、たしか岩波ジュニア文庫ですよね。子供の頃読みました
私もマウンドさんと同意見です。ただ私には、「存在しなければならない」というより「そういうものなんだ」という感じがします。(あんまり変わらないかな^^;)
 そういえば高校の教科書をあれこれ読んでいて、確か私が試験に出したおしべとめしべの話が出ているのを見てびっくりしました。あれは高校の教材になっていたのね。知らなかった…。

投稿: 熊男 | 2008年4月 4日 (金) 06時49分

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