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2008年9月 2日 (火)

生きること

 「星野さんの眼になれ!」は、今でも時々眺めている。いくつかの物語を読んでいると、本当にいやされる思いがするのだ。ある時ふと、ひょっとしたら指導者である自分の方が、中学生達にカウンセリングされていたのではないかと気付いた。

 「アラスカとの出会い」の中の言葉、星野さんの写真作品から生まれ出た言葉、生徒達の作品は様々な「言葉」が編み込まれた織物-テクスト-だ。それらの言葉の中に指導者である私自身の思いが知らず知らずのうちに入り込んで、まるで自分が主人公であるかのような錯覚を私に与えている。おそらくは私の日頃の言動、私の星野さんへの共感がにじみ出た授業展開、それらを生徒達は吸収して、自分たちの紡ぎ出す物語に混ぜ込んでくれたのだろう。意識的なものか、無意識的なものかはわからないが…。

 指導者の側が「自らの癒し」を目的とする学習指導は邪道の極みであろう。しかしまた思う。生きることそのものが、他者との関わりの中から、自らも変化し、また他人にも影響を与え続ける営みだ。自分が癒されることを恥じることはあるまい。だがその癒しは、時には激しくせめぎ合う「関わり」のみが生み出せるものなのだろうが。

 またハウルの心臓に水がかかるシーンを連想してしまった…。

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