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2008年10月13日 (月)

自分らしさ

 前に「不安さん」の話を書いた。自分の悩みや葛藤から背を向けず、「直面化」することを比喩的に表現したものだ。
 私の心の中には「不安さん」がたぶんたくさん住んでいて、心の奥の方でサッカーの練習試合をしていたり、麻雀大会を開いていたりする。

 たぶん「不安さん」の最初の一人目は、自分の中の「神経質な自分」だろう。これに出会ったのはたぶん思春期の頃だ。大体男の子は強い男にあこがれるものだ。当時はブルース・リーが亡くなって伝説になっていた頃で、私も高校入試のお祝いにサンドバックなどを買ってもらい、納屋につるして毎日のように叩いていた。隣の家から「しゅとーさんのところは季節外れの餅つきをやっている」と言われたりした。空手とかボクシングの本を買ってきて、あれこれ研究していたようだ。

 たぶんきっかけは北杜夫さんの『どくとるマンボウ青春記』だったと思う。親父の書棚に見つけたその本を、時間が過ぎるのも忘れて一気に読み通した。疾風怒濤の学生生活を送る主人公(筆者)が、次第に仲間から離れて一人になり、少しずつ自分の内面を見つめるようになっていく。そして一冊のノートに自分の制御できない揺れる思いを書き綴っていく。
 自分の奥の方に隠れていた「神経質な自分」が、その時はっきりと目の前に現れて、自己紹介してきたのがわかった。それは「強くなりたい自分」によって長く心の奥に閉じこめられていた否定しようのない「自分自身」だった。その存在を許してやれ、認めてやれ、と誰かが心の中でささやいた。

 拙宅「熊男の住処」に紹介してある短編小説「影」はたぶんその時の思いに代表される、様々な「不安さん」との出会いを物語化したものだ。「神経質な自分」は、小説を書く時のためのボランティア要員として今も私の心の中に住んでいる。そういった当初の目的自体は40過ぎた今ではやや希薄化しつつある。しかし初代「不安さん」は、今でも様々な局面で、手を貸してくれているらしい。

 私はたぶん、たくさんの「自分」に支えられて生きている。それはひょっとしたら自分の「強さ」と表現していいものなのかもしれない。

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