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2008年11月 2日 (日)

外部記憶装置

 インターネットが巨大な外部記憶装置として、人間の能力を飛躍的に拡大させる、というような論をあちこちで見る。そう考えると、我々を取り巻く「現実」も一種の記憶装置といえそうだ。

 机の左側に読書感想文の山があるのを見て、「ああ、俺は仕事をしようとしていたんだな。」と思い出す。机の右側にある漫画雑誌を見て、「ああ、さっきコンビニに行ったんだな。」と思い出す。完全な形で頭に中に残っている記憶などないだろう。そんなリアルな情報では、脳味噌のキャパをあっという間にオーバーしてしまうだろうから。大抵はなにか周囲の事物をよりしろとして、「過去」を再構成しながら我々は生きている。そう考えると、「過去」には二種類あるといえそうだ。我々が今生きている「現実」に脈絡をつけ理解するために意識内で構成しつつある「過去」と、頭の奥の方に直接こびりついている「過去」の二つである。

 もちろん、何の事物の手助けも借りずに、意識内に「過去」を再構成することも可能だろうが、それにはたぶんコンピューター的に言えばCPUに対する多大な負荷が必要になる。カウンセリングにおいて、一見ただの会話に過ぎない作業によってクライエントの心が整理されるのは、「言葉」が外部記憶装置の一つとして、クライエントの「過去」再構成の手助けをするからだろう。それによって、脈絡を失って時に誤動作を引き起こす、頭の中に直接こびりついた「過去」につながりを生み出し、認識可能な「現実」として再構成するわけだ。

 たぶん、「記憶」と「現実」と「時間」はかなり近しい関係にあるのだろう。

追記
  またたぶん、どこかで読んだ本の「記憶」を「再構成」しているだけなのでしょうし、「この人は……」なんて変な分析をするのはやめてくださいね^^; あくまでも思考の遊びです。

追追記
 最近、「宇宙の始まりを再現する壮大な実験」という粒子加速器に関する新聞記事で、「宇宙に『始まり』はなく、宇宙は最初から今の状態で存在していたという説もある。」と、当たり前のように書かれているのを見てちょっと驚きました。非常に興味深く感じます。しかし、「始まりがない」ということは「真に客観的な意味での『時間』は存在しない」といっているに等しい気もしますが…。(そういえば実験結果はどうなったんだろう。)

 

 

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