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2009年2月11日 (水)

真実

 ちょっと前の記事で「現代人は誰しも『真実』と『常識』とが必ずしも一致するとは限らないということを知ってしまっているから始末に負えない」と書いた。

 例えば誰かを好きになったとする。前にも書いたが、人を好きになるとそれまでのものの見方に大幅な変更を迫られる。現実認識のために無意識に使用している意味・価値の網の目は、他者と共有している限りにおいて現実の姿を正しく映し出す。だから、人を好きになることで人と人との関係が変化すると、「現実」そのものの意味・価値が変化して、今まで安心して眺めていられた周囲の光景が、まるで家の外に初めて出た子供のように新鮮でかつ不安を感じさせるものとなる。
 
 もし『真実』と『常識』とが一致していれば、人は悩む必要はない。例えばかつての日本のように「儒教」の影響の強い状態であれば、「儒教」の考え方が「真実」でありまた同時に誰でもそれを信じる「常識」でもあるということで、安心していられる。その分自分の感覚的な部分は大幅にスポイルされていたはずだが。
 ところが現代人である我々は、かつての「儒教」ほどの価値基準を持たないため、自分の感性と身近な人間の意見だけが頼りとなる。自分の感性に忠実に生きることが出来るわけで、つまり「自由」であり、それはそれですばらしいことだ。しかし、同時にそれは他者からの保証の得られない不安を伴う生き方でもある。不安を解消するために身近な他者に意見を求めても、他者は他者でそれぞれの「自由」な生活を送っているから、「真実」を持っているはずがない。

 ここで前に書いたように、複数の他者の視点を使って、一つの「真実」を見極める力が必要になってくる。しかし、これは簡単なことではない。複数の人間と同時に会話した聖徳太子か、ガンダムの主人公達のようなニュータイプにでもならないかぎり、複数の視点を一つの「現実」としてとらえることはできない。それが出来たと思っても、大抵はその中の一つか二つの視点に偏り、他の視点を無視してしまっていたりする。

 それが可能かも知れないと思い始めたのは、現象学や記号論に出会ってからだ。そもそも私は自分自身が生きるのが下手であるため、読書の多くはまさに自分自身を生かすためにあった。特に精神分析学系の社会心理学者であるエーリッヒ・フロムの代表作『自由からの逃走』との出会いによる「無意識の意識化」は、周囲の様々な物事を見つめる目に大幅な変化をもたらした。そのベースがあったから、無意識領域での心の働きにスポットを当てる現象学や記号論になじみやすかった。

 あくまでも私の印象だが、現代の様々な教育実践の多くが、「みんなで何かを作り上げる」か「一人一人が個性ある現実認識や、創造活動を行う」の両極になっていると感じる。そして、それら「同一性」と「独自性」が、つながっているようで、つながっていない。外に向かうか、内に向かうかで、「視点」は拡散したままである。ガンダムの例でいえばファンネルは一つの的を射抜抜くことが出来ず、ばらばらに虚空を打ち続けている。

 この時、現象学や記号論は「外」と「内」を一つにする力を持つ。自分の内面深くに降りた時に、独自のものであるはずの自分の心が、この世の全ての他者とのつながりによって生み出されているという真実に出会う。自分の身の回りの「現実」でさえも、この世の全ての他者との共同作業で創り出されているという真実を知る。この考え方自体が「真実」であるかどうかはともかく、この考え方が若い頃の私をどれほど勇気づけたか。人は孤独になろうとも孤独になることさえ許されていない。どうして孤独になることを恐れるか。

 田口ランディさんの『コンセント』は同様の感覚を小説化したものかも知れない。(ただしこの本は大学生以上推奨です^^; 私の以前の同僚はこの本を授業で激賞していたらしいですが、私にはとてもとてもそんな勇気はありません…。まあ、そんな意味では一部が教科書教材にさえなっている村上春樹さんの『ノルウェーの森』も同じかも知れませんが…)

 「真実」と「常識」はやはり一致している。しかし、それらはどこかに転がっていたり、誰かが教えてくれたりするようなものでなく、誰の心の中にも既に存在している。ただし、それは常に変化し成長するものでもある。周囲の全ての物事を心の湖に投げ込み、とけ込ませる。すると「真実」がゆったりと浮かび上がってくる。そういうものだろう。


追記

 自分が書いた文章を読み直してみたが、なんだか今まで書いてきたことの総集編みたいな趣だ。ノー味噌の中が根本的なレベルでネタ切れかも知れない。仕事も趣味ももっと精進しないとなぁ…。

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