« そういえば… | トップページ | 単なる日記 »

2009年4月18日 (土)

「時をかける少女」

 ちょっと前に「なんでだろう。」というセリフについての記事を書いた。あれからネットで検索して、なにやらあれこれ映画賞を取っているという記事を発見し、なるほどと納得させられた。

 肝心の時間ネタにはつっこみどころがありそうだ。しかし、作品のテーマがしっかりしていて、それを観客に伝えようとする演出の意図については完璧とさえ感じる。

 (ネタバレ注意)作品のテーマは「喪失」だろう。この物語からは誰かが退場しなければならなかった。主人公自身の事故という「事実」がリセットされたところから、あの結末は必然的な成り行きとして既に定まっていたのだろう。原作が持っていた、現代社会の延長としての未来への不安といった高度成長期ならではのテーマをばっさりと切り捨て、全てが横につながりあった「今」この瞬間の、「生」のみに焦点を絞り込んだ脚本の意図には非常に共感できる。
 また、話の流れを逆にたどり、「喪失」という心の傷と対峙し、それを浄化しようとする主人公の、自己カウンセリングの物語ととらえることも可能だろう。自らの「死」に匹敵するような愛の「喪失」に対して、まさに自らの「死」との代替という物語を作り上げることで、「喪失」を受け入れようとする。そのように解釈したとき、「未来からやって来た少年」という設定にも、必然性が生まれてくる。まあ、あんまり深読みしすぎるのはよいことではないだろうが。

 「運命」は変えられない。しかし「かける(走る)」ことはできる。「夢」みて生きることはできる。実際、現代社会を生きるのに「かける力」「夢見る力」は不可欠であろう。失ったものは失ったまま心にとどめて。


追記

 いや本当に、この作品できすぎてると思うんですが。何だか授業したいぐらいです。文科省本当になんか裏で糸引いてたりしないんですか?^^;

|

« そういえば… | トップページ | 単なる日記 »

アニメ・コミック」カテゴリの記事

心と体」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/216436/44714846

この記事へのトラックバック一覧です: 「時をかける少女」:

« そういえば… | トップページ | 単なる日記 »