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2009年4月27日 (月)

確かなもの

 どこかのブログに「確かのものを一つでいいから見つけろ。」と書いてあった。確かになあと思った。
 自分にとって「確かなもの」って何だろうなあと考えてみた。これが意外と難しい。

 前に、「記号論」とか「現象学」に出会ったおかげで自分の中に確かなものを見出すことができるようになった、などとこのブログに書いた。そうはいってもやはり日常生活において押し寄せてくる様々な「波」の中では、そんなメタ認知的視点など持つ余裕がないことも多い。

 そんなときに自分にとって「確かなもの」になりうるのは、月並みではあるけどやっぱり誰かの笑顔なのかなあと思う。

 どこかで世阿弥がこんなことを言っているという文を読んだ。(前にこのブログで書いたかな…)

 観客は演技者の「私」を好まない。目立とうとして「私」を出そうとすると、観客は去っていく。だから演技者は非常な訓練によって「私」を消し去る。そして完全に自動化された流れの中で一つの役を演じ切った時、観客の目は帰ってくるのだと。

 十分に準備した授業で、会心の展開に成功し、明らかに非日常的な笑顔をたったひとり分でも目の前に見た時。今のところそれが自分にとって唯一の「確かなもの」のような気がする。まあ、実際はなかなかそううまくはいかないのだが…。私にとっても「私」はなかなか手強いのだ。


 

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