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2009年5月14日 (木)

道徳の授業と「一房の葡萄」

 どこか他県の方が「一房の葡萄」で検索して「洞穴日記」にいらっしゃったようなので、関連話を一つ。

 4年前に、中学校の道徳の授業の教材として「一房の葡萄」を使わせてもらったことがある。
 (ネタバレ注意)主人公「僕」が盗みを働いたあと、被害者「ジム」が「先生」と何か話をして、次の日には「僕」と仲直りするというシーンがある。「ジム」と「先生」がどんな会話をした結果、「ジム」は「僕」を許すようになったのか、作品には全く書かれていない。その「ジム」と「先生」の会話をグループ学習で創作し、実際にロールプレイしてみる。そして、どの班の作品が一番「ジム」の心が癒されるか、クラス全員で話し合おうというものだった。そして、最後に「受容」的な関わりによるモデルケースを生徒達に紹介し、話し相手の言葉をありのまま受け止めることの大事さについて考えてもらうというものだった。

 そもそもが大分の教育センターという機関からの依頼で書いた指導案であり(なんでそれを私が書くことになったのか経緯は覚えてないが…)、同僚が公開授業をして、他校の先生方に見ていただいたりしたが、どんな評価をもらったかは聞いていない。

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