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2009年5月24日 (日)

単純なもの

 中国の故事に確かこんなものがあった。

 ある時、釣りの好きな青年が釣りの名人に出会って釣りの極意を習った。そのままでも気持ちよく釣れていたのに、青年はあれこと自分なりに工夫し始める。長い年月が経って、試行錯誤の果てに釣りの極意を会得したと確信できるようになったが、気付くとそれは最初に名人から習った釣り方だった。

 相変わらず記憶で書いているので細かい部分は間違っているかも知れないが、だいたい以上のような話だったと思う。
 この話は様々な寓意を持っており、読むときの気分で異なった解釈が浮かび上がってくるようだ。今の私にはこの話は、「物事は単純なものから始まって複雑を経て単純に還る」、つきつめれば「すべて物事は単純なのだ」と言っているように感じられる。

 例えば「イデアとラングと原的直観は全て同じもののような気がする。」とずいぶん前に書いた。また初めて認知心理学に触れ、「メタ認知」を知った時、「『無意識の意識化』とどう違うんだ?」と感じたのを覚えている。もちろんパラダイムが異なれば、それぞれの用語の意味範囲は完全な意味で重なり合うことはあり得ない。しかし、それは単にパラダイムの記述方向、記述範囲の違いに過ぎず、ちょいとベクトルをいじれば、実は一つの「単純なもの」に辿り着くのではないかという気もする。そういったことだ。

 日常生活も、人の心が複雑に入り組んでいるように見えて、実はもつれた糸を解きほぐせば、「単純なもの」が後ろで昼寝をしているのが見えるような気がする。

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