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2009年5月 3日 (日)

メタ認知

 拙宅「熊男の住処」に全文掲載してある「『自己認識』を促す国語教育の研究」の「自己認識」は、最近あちこちで目にする「メタ認知」とほぼ同義である。これは当時(平成10年頃)からはっきりと意識していた。

 「メタ認知」は認知心理学の用語である。「自己認識~」を書いた当時の私は、それまでため込んでいた「精神分析学」系の知識が、国語教育系の論文には全く使えないことがわかって、胃の痛い日々を送っていた。かわりに自分のイメージを記述するためのパラダイムをあれやこれやと探していた。そんな時偶然、認知心理学の講義を受けることになった。(前に「シッタカブッタ」の話を書いた時に、この話題に触れたと思う。)当時書いたレポートを読み直すと、自分の持っていた精神分析学系の知識を「メタ認知能力的メタ認知知識」などと(ほとんどおふざけだが…)表現したりしている。

 実はパラダイムの一つとして「自己認識~」に組み込むことも検討していた。しかし、「アイデンティティ論」に「現象学」「記号論」と、とどめに「受容理論」をくっつけたところに、さらに「認知心理学」を持ち込む勇気も根性も私には無かった。あの論文はあれでも「読みさえすれば誰にでもわかるパラダイムの提示」を目標にして書かれたものなのだ。(うまくいったかは別だが…)。また当時はまだ、「心理学」と名のつく分野は、教科教育研究における市民権を完全には得ていなかったようにも思う。(※「自己認識~」の第二章第三節で一回だけ「認知心理学」という言葉を使っている。)

 最近「メタ認知」をあちこちで目にするようになった。新しい学習指導要領を作る際に、中教審あたりでもその必要性について論議がなされていたらしく、それがどうやら直接的な原因のようだ。「心理学」の用語が当たり前のように語られ始めたのを見ると、なんだか感慨深いものがある。

追記

 何の勢いか我ながらなんだか偉そうな物言いになってますが、私が読んだ「認知心理学」関係の書籍はたったの2冊に過ぎません…。まあ、そんなものです。精進しないとなぁ^^;

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