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2009年8月31日 (月)

基本的なこと

 ちょいと基本的なことを確認しよう。

 「現在」は常に一瞬のはずなのに、なぜ我々は時間を流れていると感じることができるのか、というあの話である。

 まず「現在」が常に一瞬であるという点についてはどうだろう。もしこれが間違っているとすると、現在は複数の時間にまたがっているか、幅のある存在だということになる。つまり、私はこの瞬間に存在すると同時に、0.5秒前だとか1秒前にも存在しているということになる。そんなことはあり得ない。
 たしかに1秒前には「1秒前の私」がその時点での「現在」において存在しただろうが、それは今現在の私からはやはり「1秒前の私」であって、本物の「現在の私」ではあり得ない。すでに流れ去って存在しない「私」だ。

 電池で動いている時計が目の前にある。電池を引き抜くと、当然時計は止まる。時計の針も、動きを止める。この時、針は電池を抜かれた時点での「現在」を指し示しているはずだ。針が指し示すのは、ある1点だけであって、その点は複数でもなければ、幅のあるものでもないはずだ。
 したがって「現在」は常に一瞬であると確実に言える。

 時間は何かの中を流れているのではなく、それ自体が流れているはずだ。どうして1点でしかないもの、幅を持たないものが、流れることができるのか。それはいわば、助走せずにジャンプするようなものだ。体を動かさずにボールを投げるようなものだ。同様に、1点でしかない「現在」のなかで、なぜ我々は思考することができるのか。

 「流れ」を感じ取るためには、観察者の視点が必要なはずだ。つまり「0.5秒前の私」と「現在の私」を外から眺めることができればそこに変化を見出すこともできる。しかし実際には「私」は「現在」という一瞬にしか存在しない。一瞬の存在でしかないものが、どうして「流れ」を感じ取ることができるのか。

 もちろんこれは思考のお遊びであって、熊男の周囲では時間が流れてないなんてことはもちろんないのであしからず。

※ こういう戯けたことを書く時は、大抵仕事その他で追い詰められている時です、はい。

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