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2009年9月10日 (木)

基本的なこと(その2)

(「基本的なこと」の続き)

 「基本的なこと」を逆にたどってみよう。

 「現在」は常に一瞬のはずなのに、なぜ我々は時間を流れていると感じることができるのか、というあの話である。

 前回、「現在」は確実に一瞬にしか存在しないことを確認した。時計の電池を引き抜いたら、時計の針が複数の時間を指し示していたとか、太くなってある程度幅のある時間を指し示していたなんてことはないはずだ。止まった時計の針は、電池が抜かれた時の「現在」という一点を指し示している。

 ところで手に持った鉛筆を、目の前で床に落としてみよう。鉛筆はすっとすべるように床に向かって落ちていく。それを見ていて、それが幅のない一瞬間の出来事と信じられるだろうか。「鉛筆が床に落ちる」という出来事は、どの瞬間をとらえても、「一点」ではなくある程度時間的に幅のある「動き」として認識されているはずだ。

 以前たぶんNHKの特集番組で、交通事故で脳の一部を損傷した人物の話が出てきた。その人物は周囲の出来事が、静止画像のコマ送りのように見えてしまうのだそうだ。しかし、「現在」が一瞬間である以上、日常的な認識においても、周囲の全ての事象はその人物のように静止画像としてとらえられるべきではないか。

 どうして我々は「現在」という幅のない時間の中で、「流れ」を感じ取ることができるのか。


※ 何度も確認しますが、これは思考の遊びであって、私がそのような現実認識をしているわけでも何でもありませんので、そのつもりで^^;

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