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2009年10月28日 (水)

狼男と吸血鬼

 どちらも不死身キャラの代表格だ。

 ずいぶん前に書いたが狼男は自由と個性のメタファーとして生み出されたものだろう。それでは吸血鬼は何をモチーフとして生み出されたものなのか。

 吸血鬼は、見た目若く見えたら実は何百歳だったというのがパターンだ。狼男が若者の象徴なら、吸血鬼は若さへの羨望を象徴しているのかもしれない。
 何しろ中身は年寄りだから、若さを浪費し尽くして、空っぽだ。不死身なのは狼男のように無限にエネルギーがほとばしりでるからではなく、最初から空っぽだから傷つけようがないからなのである。

 ところで、最近正真正銘の若者なのに吸血鬼、というキャラをよく見かける。なぜだか違和感がない。二、三十年前に題名は忘れたが「若者なのに吸血鬼」を売りにした映画がはやったことがあるが、それは吸血鬼というより狼男的な青春爆発型のキャラだったと記憶している。最近のヤング吸血鬼の特徴は中身までちゃんと本家同様空っぽなところにある。空っぽだからそれ以上傷つきようがない。

 熊男はというと相変わらず不死身だ。不死身な自分を楽しんでさえいる。しかしお前は狼男型なのか吸血鬼型なのかと聞かれたら、ちょっと迷う。
 内面からこんこんとわき上がってくるものはまだまだ尽きない。ほとんど誇大妄想に近いレベルでさえある。逆のベクトルで、ありとあらゆるものを受け止めて引き受けてやろうとも思う。子供の頃に読んだ「ニーベルンゲンの歌」とか「ローランの歌」の悪影響は、まだまだ体の奥に残っている。
 しかしふと思う。なにもかも受け止めることと、空っぽであることは、果たして真逆と言えるのだろうかと。「色即是空空即是色」なんて言葉のことをふと思い出す。(※わたしゃ無神論者ですが、そういうのは思想として興味があるのです。)

 狼男と吸血鬼は、同じものの、陽と陰なのかも知れない。


追記

 「真逆」という言葉をふと使ってみて、その言葉の使い方が正確なのかどうかネットで調べてみて驚いたことには、どうやら若者言葉であるらしい。うーむ、俺もまだまだ若いということか^^
 昔はやった映画というのは「ロストボーイ」だったかな。わたしゃ面白いとは思いませんでしたが。キィーファー・サザーランドの駆け出しの頃の作品だったと思う。(我ながらよく覚えてるな)

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