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2010年1月30日 (土)

「科学」と「文学」

 十年以上前に「『自己認識』を促す国語教育の研究」という変な論文を書いていた時、最も気を遣ったのは「いかにして誰しも納得できる論理を提示するか」ということだった。

 私自身は、特に国語教育の先達の手による様々な教育論と比べて、特別変わったことをやっているつもりはない。人の営みの様々な要素に、「自己認識(自己カウンセリング)」が最初から組み込まれていると考えているからだ。
 しかし、それをパラダイムのレベルで検証できれば、より効果的に「自己認識」の効果を発現させることができるとも考えていた。国語教育系の論文でよく出てくる「豊かな感性を育む」などといった視点は、それ自体「真実」であることは疑いのないことであるにしても、むしろそれが「真実」であるが故に、それ以上発展することのない論理上の「水戸黄門の印籠」であると感じていた。つまり、そこで話が終わってしまう。

 それを突破するためには、「1+1=2」のような、誰しも納得でき、なおかつ可塑性を持つ観点が必要だった。私が選んだのが「記号論」と「現象学」だった。
 「記号論」は単に一般社会に認知されているだけでなく、実にスマートな論理構造を持っており、言語という文系的な分野を対象をしながらその視点は科学的でさえある。(というより実際にそれが科学の分野に応用されたのが記号論の始まりだった)。誰に対してもそれが「真実」であることを認めさせる力がある。
 また「記号論」と共通要素を多く持つ「現象学」は、現代文化の様々な分野に直接的な影響を与えていることがはっきりとわかった。カウンセリング系の研究者の論文、そして受容理論とよばれる文芸理論の中にその要素を発見した時、「カウンセリング」と「記号論」と「文芸理論」を、「現象学」で一気につなぎ合わせるというアイディアが生まれた。それが、例の変な論文である。

 数年前、本屋で立ち読みしていた時「脳内現象」という本を見つけた。なにしろ地上波の電波が届かない場所に住んでいたぐらいなので、「茂木健一郎」という名前を私は知らなかった。脳味噌に関することには最初から興味があったので、そのうちの一つでしかなかったのだ。
 ところが、読みながら楽しくなってきた。この人は、「科学」に文系的な分野である「現象学」を持ち込もうとしていると。(その時のことは当時のブログに書いてある。)私は、権威の有る無し、テレビに出ている出ていない等によって、人や思想を評価することはない。純粋に「おもしろい」か「おもしろくない」かだ。

 それ以来、彼の文章をずーっと楽しんで読ませてもらっている。(予定していた教科書教材の授業は流れてしまったが…)。ありとあらゆるものを取り込もうとして「あーでもない、こーでもない」と奮闘なさっている姿から、なんだか元気をもらっている。

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