« 補色と音 | トップページ | 『絶対矛盾的自己同一』 »

2010年3月 4日 (木)

「時間認識」という「波力発電」

 『時間は実在するか』(講談社現代新書)という本を読んでみた。かなり硬派な純粋哲学で、まともに読んだらかなりの時間がかかりそうだったが、ちょいと時間に余裕がないということもあり、あちこち拾い読みするような感じで一気に読んでしまった。
 なぜそんな読み方をしたのかというと、おそらく参考文献になっている本のどれかを既に読んだことがあり、ある程度こういった系統の内容に慣れていたということもある。さらには、その本を読もうとする目的がはっきりしていたということもある。
 すなわち「基本的なこと」で述べたような、「時間(現在)」という存在が「点」でありながら「流れ」でもあるという矛盾が、現代において解決済みのものなのかどうかということを確認するのが読書の目的だったのだ。
 そして、それがアリストテレスの昔から現在に至るまで、明確には解決されていない問題であることが確認できた(ような気がする)。

 「時間認識」というのは、「波力発電」のようなものなのかも知れない。実体としての『現実』は、音という物体の振動と、光というエネルギーの振動により、絶えることなく揺れ続ける波のようなものだ。波は押し寄せてくるように見えても、その場で揺れ続けるだけで、実質的な変化はない。(もちろんこの定義はやや一面的に過ぎるが、話をシンプルにしたいという意図をくみ取っていただけるとありがたい。)
 人の脳が、その「揺れ」を複数のニューロンの発火深度の「ずれ」に変換し、「点(もしくは無限)」である「現在」を、過去から現在を通過して未来へと続く「流れ」へと書き換える。「波力発電」が、波が上下する力を電気エネルギーに変換するように…。
 
追記

  そう考えると「ぼおっとしていて時間が飛んだように感じた」という時に、脳味噌の中でなにが起きているのかも説明できるような気もするが、そんなことまで書いていたらいくら書いてもきりがないので、このくらいで戯言はやめておきます^^;

|

« 補色と音 | トップページ | 『絶対矛盾的自己同一』 »

「時間意識」戯言」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/216436/47726963

この記事へのトラックバック一覧です: 「時間認識」という「波力発電」:

« 補色と音 | トップページ | 『絶対矛盾的自己同一』 »