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2010年5月12日 (水)

「自己意識」(4)-「ハウリング」によるニューロンの単独発火化-

 おなじみの時間意識戯言シリーズである。まあ小説みたいなものなので、このシリーズをまだ全く読んでいない方は、そう思ってご覧になっていただきたい。素人の気楽な思考の遊びである。(小説が気楽だという意味ではもちろんありませんので念のため^^;)

 以前、このブログで「『ぼおっとしていて時間が飛んだように感じた』という時に、脳味噌の中でなにが起きているのかも説明できるような気もする」と書いたが、それについて思ったことを書いてみる。

 根拠も予備知識も全くない話だが、おそらく原初的な脳は外界からの刺激に単純に反応することを前提とした器官であったろう。「赤」なら「赤」に対してシンプルにニューロンの選択反応が起こっていた。脳の肥大化によって、複数のニューロンが互いに誘発し合いながらピンボールの球がピンの間を激しく行き交うように反応を持続させることが可能になったと、以前このブログで書いて、それを私は「ハウリング」と(勝手に)名付けた。それは、外界からの刺激と無関係に、外界からの刺激が与えられた時と同様のニューロンの反応が起きることを意味する。
 
 我々は普段、周囲から音や光の刺激を受け続けることで、時間が流れているという実感を安定して得ている。それはニューロンの発火深度のずれがステレオグラム的に融合した結果だと、繰り返し述べてきた。おそらく原初的な「思考」は、周囲からの刺激が脳内に創り出すニューロン相互の「ハウリング」が、少しずつそれらの刺激から独立していき、自己完結的に反応し始めたところから生まれてきたのではないか。

 日常生活の中で、何かの物思いにふけっていて、ふと予想もしないほどの時間が経ってしまっていたような経験が誰にでもあるはずだ。
 最初は、本やテレビや他者との会話など、外界からの刺激がきっかけになって、我々は物思いにふける。物思いにふけりながら、記憶等様々な内側からの刺激を呼び起こし、脳内に複数の「ハウリング」を生み出す。そして次第に「時間意識」を感じるための材料として、「外界からの刺激」を必要としなくなり、脳内の「ハウリング」だけで安定して時間の流れを感じられるようになる。そして「外界からの刺激」の入力が突然増幅するなど状況が変化すると、脳内だけで成立していた「ハウリング」がそのエネルギーに押されて吹き飛ばされ、また音や光からの刺激を基本とした「時間意識」に戻る。その時の切り替わりが、「時間がいつの間にか経っていた」という認識につながっていると考えた。

 ニューロン相互の「ハウリング」が、ニューロンの反応を光や音の刺激から独立させ、人の「自己意識」を生み出したのではないか。

 

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