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2010年6月25日 (金)

高校の教科書と「無意識」

 教科書の内容にも流行みたいなものがあるらしく、私の好きな「記号論」をテーマとした教材も、出たり引っ込んだりがあるらしい。

 ふと気づいたことだが、最近の教科書教材に「無意識」について説明したものがほとんどない。ちょっと前までは、高一の最初の教材あたりに、「自分が認識している『こころ』は、本当の心全体の氷山の一角に過ぎない。」といったような内容の教材が載っていたものだ。
 『羅生門』を教える時、「心の奥にある葛藤等の無意識的影響力」といった観点で心理変化をとらえると、主人公の「下人」の一見節操のない心理変化にも様々な必然性が生まれてくる。もちろん指導者の恣意的解釈を生徒達に押しつけるわけにはいかないが、授業の傍系的観点としては有効だろう。しかし、それを生徒達がスムーズに理解するためには、「無意識」が「意識」を操り人形のようにコントロールする作用について、ある程度知っている必要がある。

 なぜ突然そんなことを言い始めたのかというと、実際の『羅生門』の授業で、おまけ的文脈で「無意識」の話をしている時、生徒達の食いつきがこちらの予想以上に良かったのだ。つまり、「無意識」という考え方にほとんど触れたことがなかったようなのである。

 記号論的な考え方も、「無意識」というシンプルな概念を正確に把握できているかどうかで、理解の深度が大きく異なってくる。
 私の『戯言』も、特に本職の分野について語る時には、そういったシンプルな内容から一歩ずつ足固めしていくべきなのかもしれない。

追記

 「無意識」の存在を傍系的観点とした『羅生門』の授業構想については、以前、大分県国語教育研究大会で研究発表させていただいています。

発表資料はこらら

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コメント

先生がブログをやっている、とおっしゃっておりましたので、覗かせて頂きました。
初めの記事から読んでいったのですが、私には少し難しい内容ばかりで、何度も読み返さないと理解することが(本当にできているかは不明ですが)できませんでした…((笑

しかし、今回はすごく興味のある内容だったので、コメントさせていただきました!!

中二の時に、先生がおっしゃっているような事を力説していた先生がおりました。
「無意識」についてのお話で、その頃の私は理解できないしつまらない、と思って聞き流していたのですが(こうして思い出しているからには記憶に残っていたのでしょうが…)羅生門の下人の心とリンクさせて説明しているお話を読んで、なるほどな、と…少しではありますが、理解が深まった気がします(((

私は先生の担当授業が古典ですので、残念ながら羅生門の授業は受けられませんが…。
できれば、古典の方でも、先生のお話が聞けたらいいな、と思います!!(絵仏師良秀なんかで…笑)

長文失礼しました!!

投稿: 古典担当の生徒です | 2010年6月26日 (土) 19時57分

 いらっしゃい^^
名前と立場を公開しているくせに変な内容のブログで本当に申し訳ない…。「難しい内容」というかまあ基本的に「戯言」なので、あまり真に受けて読まないで下さいね。
「古典」もだんだん面白くなってきますよ。兼好法師なんかは、現代人がタイムスリップしてあの時代に留まっちゃったんじゃないかと疑いたくなるぐらいですし…。(私の「時間意識戯言」の理屈ではタイムスリップは不可能ってことになるんですけどね^^;)
 それではまた授業で会いましょう!

投稿: 熊男 | 2010年6月26日 (土) 23時03分

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