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2010年6月30日 (水)

ぷよぷよと「自己意識」

 題名からして既に非日常の世界に突入しているが、書いている本人は結構大まじめである。

 「ぷよぷよ」というゲームがある。どこかの熊は実はこれのファンで、iPadに真っ先にインストールしたアプリは実はこれだった。
 10年ほど前に大流行したテトリスに似ている。上から降ってくる様々な色の水玉を、一定数そろえることで消していくのだ。
 上から降ってくる色つきの水玉は、その都度色や組み合わせが違っている。赤と青の組み合わせかとおもうと次は、黄色と赤の組み合わせというように変化し続ける。それらの水玉グループを、下に落ちるまでに位置をずらしたり向きを変えたりして、下に積もった別の水玉と組み合わせ、反応させていくのだ。

 昨日「人の意識は音や光とつながっている…」という記事を書いた。それの「追追記」に、「外部からの刺激は、クラッチをつなぐように、ニューロン相互のハウリングを後押しする」と書いた。ただ、外部からの刺激と何の関係もないことを「意識」が思考対象としていた時、ニューロンの反応が外部からの刺激で活発化するというのは、理屈の上で無理があるように思えた。

 それで「ぷよぷよ」を連想した。

 例えば、規則正しく黒点が3×3並んでいる時、人はそこに無意識のうちに正方形を見てしまう。

 ・ ・ ・
 ・ ・ ・
 ・ ・ ・

 そしてそれをじっと見つめていると、点と点の間にあるはずのない「線」まで見えてくる(らしい)。
 つまり、この点を見ている時、我々は目の前にある実際の「現実」以上のものを感じ取っている訳だ。
 
 我々が普通に周囲の「現実」を見ている時も、脳の中で「現実」を認識するための様々なパーツが呼び起こされている。おそらく上記の黒点では、「黒」という色覚、点の「円」という形、そして全体の「四角」という図形、他にもあるかも知れない。(たしか『心の社会』にそんなことが書いてあったと記憶している。本はどこかに往ってしまった…)

 それらの認識のためのパーツの一つひとつは、「ぷよぷよ」の水玉のようなものだ。我々が何かについて思考している時、それは単独の「水玉」ではなく、様々な「水玉」が心の中に呼び起こされている。そして外部からの刺激も様々な「水玉」で構成されている。それらの「水玉群(ぷよぷよ)」が完全に一致していなくても、一部の「水玉」が一致していさえすればいい。一致した水玉だけが反応して、ニューロン相互のハウリングという「水車」を回す水流となる。 

 だから、外部からの刺激は変化に富んでいればいるほど、脳を喜ばせる。様々な色の「水玉」が脳に飛び込んで、かゆい所にも手が届くように「自己意識」の手助けをするからだ。


追記

 何度も確認しますが、これは思考の遊びです。やり過ぎであることは自覚しています。そろそろ店じまいしようと思っています。毎度お騒がせしております。

追追記

 やっぱり音なんだろうな、最も重要な「ガソリン」は。そういう意味では言語は発生すべくして発生したと言えるか。(いや独り言ですよ^^;)

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