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2010年7月10日 (土)

手を握られること

 『考える人』という雑誌に、「村上春樹ロングインタビュー」というのが載っていた。
 ほぼ全ての作品について、村上春樹さん自身がコメントしており、非常に読み応えのある内容だった。
 なんだか初期の作品から年代順に読んでみたくなった。

 『1Q84』の「手を握られること」関連の話を読んでいて、ふと「俺も手を握られたことがあったなあ」と思った。
 『1Q84』の主人公達は、10歳の頃手を握りあった思い出を胸に、その後の人生をそれぞれ生きていく。いつか再会する時が来るのを信じて。

 確か中二の夏祭りの時だった。田舎の中学校の校庭の、薄暗いナイターと、数珠つなぎの電灯の下で、輪になってみんなが踊っていた。たぶん、オクラホマミキサーかなにかの、ゆったりとしたダンスだったと思う。クラスメイトの、少し気になっていた女の子が、その時明らかにダンスの握り方とは違う力で、ダンスを踊る十数秒の間、私の手を握ってくれたのだ。

 中二というのは不思議な年齢だ。そんなたわいもないことで心を揺さぶられる。祭りの非日常的な雰囲気も後押ししたのだろうが、たったそれだけのことで、私はそれから何ヶ月も、その女の子と、その女の子に手を握られた瞬間のことを、それこそ寝ても覚めても考え続けた。

 そういう子供の頃の思い出は、自分の心にいつまでも影響を与え続けているような気がする。もちろん無意識レベルの話であって、『1Q84』の「天吾くん」のように私がその女の子に実際に執着し続けているという意味ではない。

 こういう話を、こんなところで書いたりしているのは、まあじじいになったということなのだろうなあ…。

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