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2010年8月22日 (日)

頭の体操(その3)

 この「頭の体操」シリーズでは、確実に言えることだけを、いつもよりやや堅めの文体で記述しようと、意識的に試みている。
 だから、出来るだけ比喩混じりの表現は避けたかったのだが、客観的な言葉で表現するのが難しいものを相手にする場合は、比喩を積み重ねるのも、真実に迫る一つの方法と信じる。(あからさまに言い訳だが…)

 重要なのは、「幅のない時間」の中でなぜ我々は思考することが出来るのか、ということだ。今あなたが頭の中で考えているその考えが、「過去の残像」をつぎはぎしたものと感じられるだろうか?脈絡のある、なめらかな、川の「流れ」のような「思考」であるはずだ。

 そこで話は、「時間意識とステレオグラム」と「ハウリング」にまた戻っていく。

 ニューロン相互の反応による「ハウリング」が、「幅のない時間」の中に擬似的な「幅」を創り出す。それは「思考」にとってのキャンバスのようなものだ。自分の周囲からの音や光の刺激が創り出す「時間の流れ」という擬似的な「キャンバス」の上で、我々は「流れ」のある思考を何の疑問も抱かずに行っている。そしてそれを足場に、周囲の「現実」を解釈し、加工しながら生きている。

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