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2010年8月 3日 (火)

オリジナリティ

 何しろ実名と立場を公開しているブログだから、「熊男の住処」と「洞穴日記」の内容のオリジナリティには自信がある。

 しかし、オリジナリティがあるということは、それまで無かったものということだから、その意味や価値を人に伝えることが、その分難しくなる。それがパラダイムレベルの提案だとなおさらである。
 任意の論考の足場となるパラダイムは、それを足場とする論者の読書歴、研究歴の集大成として存在するのだろうから、つまり極端に言ってしまえば、その人と同じ人生を送らなければ完全な意味での理解など出来るはずがない。
 
 「熊男の住処」に全文アップしてある「『自己認識』を促す国語教育の研究」を執筆する際、実は私はそれを意識的に試みた。自分の読書歴を振り返り、自分がそのパラダイムを手に入れる過程を可能な限り再現しようとした。
 だが当然の結果として、とても人に読破してもらうことなど期待できそうにないほど長大になってしまった。だからなのかも知れないが、あの論に問題があるにせよ何にせよ、論者である私自身が「確かにそれはそうだ」と思えるような、パラダイムレベルに亀裂を生じさせるほどの批判を、これまで受けたことがない。
 まあその分、オリジナリティだけは自然に証明されるのだろうが。
(※少なくとも、あれを執筆した1998年当時、あれに似た論を見たことはなかった。当時、引用するための文章を必死で探した記憶があるため、確信を持って言える。)

 人に自分の思いを伝えることのなんと難しいことか。
 それは研究だろうが、恋だろうが、さらには日常生活のちょっとした場面だろうが、代わりはないのだろうが。

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