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2010年9月11日 (土)

学校という記憶

 担任をやっていた頃、趣味みたいに学級通信を書いていた年があった。私が出す学級通信は、スケジュールとか課題の連絡とかは一切無く、たいてい私の「戯言」で出来ていた。つまり、私の学級通信はほとんど「ブログ」であった。

 もちろん単に「戯言」であるだけでなく、生徒達になんやかんやと訴えたいことがあって、せっかく国語の教員なんだから、それを直接あーだこうだと伝えるのではなく、読み物に仕立て上げて、一人ひとりそこから読み取ってもらおうとは考えていた。

 行事だとか、学習内容とかに絡めて、その都度「新作」として書いていたが、毎年定番的に書いているテーマもいくつかあって、例えばそれは次のような内容だった。

 学校というのは記憶と人格を持った人間のような存在だ。
 その地域の人々のほとんどがそこに属し、同じように学習をし、同じように様々な行事に参加し、同じようにそこで恋をし、同じように卒業式を迎えて巣立っていった。
 だから学校は単に学校という存在であるだけでなく、それに関係した人々にとっての『記憶』そのものだ。
 その目でその存在をいつでも確かめることができる、揺らぐことのない『記憶』だ。
 だから学校は簡単には変わることができない。
 時代の変化が激しいからこそ、学校は安定した『記憶』としての姿を保ち続けなければならない。
 もちろん学校も、時代の変化に従って、自然に変化していく必要があるだろう。
 しかし、その変化は緩やかでなければならない。
 すばらしい思い出や、つらい思い出が、少しずつ薄れて消えていくように。

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