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2010年11月28日 (日)

共振

 大学と高校とで連携して、高校生に様々な大学体験をしてもらおうという「高大接続」という事業があり、私はそれの連絡係をやっている。その一つに、大学の講義を高校側に設置した双方向通信可能な機器で試聴しようというものがあり、それが月二回ある。連絡係の私も試聴させてもらっているのだが、あれやこれやと刺激になって生徒より楽しんでいるような気がする。

 最近の「講義」で、工学部の教授が「共振」の話をしてくれたが、実に興味深かった。

 例のど素人の戯言大会「時間意識戯言」で、私は、同じ刺激に反応するニューロンの発火深度の差が、ステレオグラム的に脳の中で融合して、擬似的な「時間の幅」と「時間の流れ」を我々に認識させているのではないかと書いた。そして、反応中のニューロン群が互いに刺激しあって、発火をループさせることで、「認識」を安定させているのではないかと書いた。(私はそれを勝手に「ハウリング」と名付けたのだが…)

 「共振」という考え方は、そういった「ハウリング」に、実に都合が良い。

 共振は、同じ振動数をもつ物体だけが互いに影響し合って振動するというものだ。それらの間に別の物体があっても、振動はまるで通り抜けるかのように、同一振動数の物体のみを振動させる。
 つまり、脳の中にぎっしり詰まっているとかいう(1000億だったかな…)ニューロンの、同一の振動数を持つものだけが、他のニューロン群を媒質として、脳の中で鳴り響く。異なる発火深度を持つそれらは、何千何万ものシリンダーを持つフェラーリ顔負けのマルチエンジンといったところか。

 もちろんここでいう「共振」が、物理的なものなのか、電気的なものなのか、それ以外の何かなのかまではわからない。そういう意味では、いつものようにこのブログも見切り発車なのだけど、最初はさすがに物質的なものということはないだろうと思っていた。頭の中でニューロンが、がたがた揺れている様子は、あまりスマートな情景とは言えない。当然電気的なものだろうと思っていたが、最近は物理的な働きととらえても面白いような気がしている。それは、そのようなシステムが作り出されるのには、物理的なものの方が発生しやすいだろうからである。(単純にニューロンの長さとか、発火の際の「音色」とか…うーむ、自分で書いててもはったりが過ぎているのは百も承知で^^;)

 勝手な想像だが、同一の刺激に反応するニューロン群という発想そのものが、「ハウリング」の考え方なしにはほとんど価値を持たないはずだから、今回の戯言もオリジナリティだけはあるのではないか…と思うのだが、ダメですか。(誰に言ってるんだ、俺は^^;)
 
おまけ

 「共振」についてあれこれ調べていたときに、「確率共振」という言葉を知った。これもなかなか面白い。ウィキペディアには「信号に雑音(ノイズ)を加える事で、ある確率の元で、信号が強まり、反応が向上する現象。」と書いてある。以前このブログで、「人の意識は、周囲からの刺激という原始の海に浮かぶコアセルベートみたいなものなんじゃないか」と書いたが、それにつなりそうだ。

関連記事 → 「人の意識は音や光とつながっている…」

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