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2010年12月31日 (金)

Newton 2月号

 早速買ってきました。P94~P99に面白い記事がありましたよ。
 題名は「ラマチャンドラン博士,『意識』を語る -21世紀の脳科学が挑む,最も困難で魅力的な謎-」です。

 出たばかりの本をあんまりなにもかも紹介するのはまずいでしょうから、一部分だけ引用します。

「たとえば、時間が経過する感覚は、観測者の中の錯覚なのでしょうか?これに対する答えもまだわかりません。『それは問題にもならない』という物理学者もいれば、『それは私たちには答えられない根源的・哲学的問題である』という物理学者もいます。意識と脳についても同じことがいえると思います。」(P98)

 それ以外にも、「『私』と『クオリア』は、同じコインの裏と表」なんてことも書いてますし、いつの間にそんなことになっているんですか、という感じです。何より世界的な権威の言葉であることに意味がある。

 わたしゃアンダーラインのところだけで満足しました。自分の書き散らしている文章が、戯言であると笑われるのは全くかまいませんが、誰かの受け売りと思われるのはいやですから。「時間意識」の謎が解かれていないことが確認できただけでも…。

 いやあ、来年以降も何が起きるのか楽しみです^^


追記

 そういえば今回の特集記事だった「微分と積分」は、読み終えたばかりの「ゼノンのパラドックス」でも大きな扱いになっていたので、なんだかタイムリー過ぎて変な気分です。微分、積分は、本来測ることの出来ない「動き」を、数字によって測ろうとする試みと理解していますが、そんな感じで良いのかな?

 

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