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2011年3月 2日 (水)

Neural oscillation

 多分「脳波」と同義なのだが、正直よくわかっていない。脳波より狭い範囲で起こっている「ニューロンの振動」について説明したものと捉えるべきか。

 なにかについて調べていたときにこの項目にたどり着いた。 → ウィキペディア(英語版)のページ
 上記のページの「Neuronal spiking」のグラフにすぐに目が留まった。

 前の前の記事「脳波」で私は、「完全に同期した一群のニューロン(おそらくはカラム構造一単位)が、他のニューロン群と「ハウリング」を起こしていると考えるべきなのだろう。」と書いた。
 考えてみれば、この方が明らかに都合が良い。たった一つのニューロンの発火が生み出す活動電位より、複数のニューロンの同時発火による活動電位の方が強いのは当然だ。人の現実認識という観点で考えてみても、その方が明確な脳内イメージを創り出すことが出来るはずだ。

 となると「ステレオグラムと時間認識」で私がイメージした、発火直後のニューロンと、発火してほんのわずか時間が経過したニューロンが、物理的に幅のない「現在」という瞬間において重なり合い、ステレオグラム的に合成されて時間の擬似的な「流れ」と「幅」を創り出すという考え方には、若干の修正が必要なようだ。

 上記の「Neuronal spiking」のグラフから、ニューロン群の発火が完全に同時に起こるわけではなく、徐々に始まってピークを迎え、それらから徐々に収束している様子が伺える。つまり、ニューロンの発火が生み出す活動電位の変化は、ニューロン単体の発火からの経過時間だけでなく、単位時間でのニューロンの発火数も、電位の変化を強調する役割を果たしている。

 そのことが、「現在」という一瞬に重なり合った「今」と「過去」の「ずれ」をブーストし、それらを脳内でステレオグラム合成する際に、人が認識する時間の「流れ」と「幅」とに、明確なイメージと輪郭とを与えているのではないか。


 いやいつものやつですから(というのもそろそろマンネリだな)。

追記

 そう考えると、脳内で起きていることはまさに映画のフィルムと同じだな。たしか養老孟司さんが「都市は人が脳内の構造を脳の外に作り上げたものだ」といった主旨のことをどこかに書いていたけど、映像フィルムは人の認識のシステムを無意識のうちに模倣していたのかも知れない。

追追記

 上記の「Neuronal spiking」のグラフって、量子論の、光の二重スリットの実験を連想しますね。まあ関係ないとは思いますが。

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