« 音楽と言葉(その③) | トップページ | 悲喜劇 »

2011年4月11日 (月)

創造性

 「創造性」というと、なにものにも縛られない自由な精神が生み出すもののような印象があるが、実際は反対のような気もする。

 完全に自由な状態に置かれると、かえって自分を無意識領域で縛っているものの影響を受けやすくなる。先入観とか、既成の発想とか、常識とかいったものが心の中に流れ込んでくるのを止められなくなる。

 もちろん、そのような創造性を妨げるように思われるものも、実際は自分の心の構成物の一つではある。創造性に富んでいるからといって、その人物が「非常識」であるとは限るまい。重要なのは、先入観だとか常識だとか、そういったものの自分に対する影響を意識化し、コントロールできているということだ。

 この時、なにか外的にも内的にも厳しい条件が課せられている方が、そのような意味での「創造」は生まれやすいように思う。

 例えば、俳句。
 17文字に季語という厳しい制限の中で、無限の世界を創造する。
 制限されているからこそ、その制限を一種の溶鉱炉として、自分の心を溶かし込み、鋼のような発想を生み出す。

 例えば、漫画。
 絵での二次元表現という制限だけでなく、掲載されている雑誌が商業的に成立するためにできるだけ多くの人に受け入れられる作品を書くという制限もあるだろう。
 おそらくはそのような制限があるからこそ、逆説的に作者は自分の心の中から「自分だけ」の真実を引きずり出し、「多くの人」にそれを提示しようとする。

 創造的になれ、といわれても、人はそうそう自分の心を自由にはできないものだ。むしろ制限があった方が、その制限を突き破ろうとして、人はあれこれ工夫し始める。

 

|

« 音楽と言葉(その③) | トップページ | 悲喜劇 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 音楽と言葉(その③) | トップページ | 悲喜劇 »