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2011年4月27日 (水)

「マイレージ マイライフ」

 面白かったというより、なんだかあれこれ考えさせられた。

 一見、「家族の大切さ」といったありがちなメッセージを込めた作品にも見えるが、そう単純でもなさそうだ。

 時々「プロテウス的人間」という「洞穴日記」の記事が、アクセス数の上位に上がってくる。この言葉は、小此木啓吾さんの『モラトリアム人間の時代』で知った。激しい変化と、捉えきれないほどの多様性を特徴とする現代社会に適応するために、アイデンティティの不安定さをむしろ積極的に受け入れ、自らを変化させながら生きていく「プロテウス的人間」。これが現代人の典型であるかどうかはともかく、一つの生き方であることは間違いない。

 そういう生き方をしていると、当然「自分」という存在に対する確信が揺らぐ。揺らいで不安定になるから、安定を求めてさまよう。
 未来が自分の心の中にしかない存在であるのと同様、「安定」も心が作り出したものに過ぎない。現代人は誰でもそれを知っている。知っていながらそれを追いかける。

 だがたとえ、そのような幻に過ぎないようなものを削り取っていってもなお、「幸せ」を感じる瞬間は確かに存在する。現実の不確かさ、自らの心の偽りを明確に意識しながら、それでも「幸せ」は生きている瞬間瞬間に心の奥から立ち現れる。

 走ろう、走ろう。走る過程にしか「幸せ」は存在しない。「幸せ」を感じることが生きる目標で良いではないか。


追記

 今に始まったことではありませんが、私の映画評は映画評というより映画を観ている自分の自己分析ですね。自覚してます^^;
 私の自己分析はともかく、「マイレージ マイライフ」は、あれこれ考えさせられるという点で名作だと思いますよ。観ている人のイメージを喚起する「空所」の機能がしっかり働いている作品です。
 

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