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2011年5月22日 (日)

音楽と言葉(その④)-「言葉はなぜ生まれたのか」-

 『言葉はなぜ生まれたのか』という本を読んだ。挿絵たっぷり、遊び心たっぷりの、実に読みやすい楽しい本だった。

 以前この「音楽と言葉」シリーズで、「音楽」と「言葉」は脳内における成立条件が似ているのではないかと書いた。つまり、同一の音に反応するニューロン群が反応をループさせながら音のイメージを持続させ、脳内で乱立しながら旋律や文を作り出しているのではないかと。
 その最小単位がニューロンの反応のサイクルである0.3秒であり、それが擬似的な時間の幅となって、それらの「音」を載せるキャンバスになっているのではないかと書いた。

 『言葉はなぜ生まれたのか』に興味深い記述があった。ジュウシマツの鳴き声を観察すると「チャンク」と呼ばれる言葉のような単位に分けられるらしい。ジュウシマツはそれを組み合わせて作曲しながら愛の歌を歌っている。そういった音の小さな単位を作り出す能力を人間も持っているらしい。

 「音楽の「切れ目」を見つけ出す能力は、曲を聴く時だけに使われているわけではありません。言葉を学習する時も、この能力が非常に重要になってきます。」(P58)

 音楽のメロディの「切れ目」を見つける能力を鳥も人間も持っている。人は鳥のように最初は歌っていた。そして歌に「切れ目」を作り、それを分節化することによって原初的な言葉が生まれたとある。
 
 この考え方は、「時間意識戯言」のパラダイムにとって実に都合が良い。すなわち切れ目とは、脳内でその音に反応するニューロン群の発火がループする単位であると考えられないか。

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