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2011年7月13日 (水)

『さえずり言語起源論』

 最近本屋の平積みとかネットとかで「ジュウシマツ関係」をよく目にする。人間以外では鳥だけが「言葉」を覚えることが出来るという点に着目した研究のようだ。つまり「『意識』とはなにか」を最終目的とした取り組みらしい。

 このカテゴリ「時間意識戯言」で、今年の頭から特に「言語」関係の戯言を書き綴ってきたので、本屋で平積みになっていた関連本の一つにすぐに目に留まった。その本が面白かったので、またすぐに関連書籍をネットで取り寄せていた。その一つがこれだった。
 例によって部屋のどこかで熟成させた後、つい最近掃除中に発見して読み始めた。

 非常に興味深く読ませていただいた。P79にこんな記述がある。

「いろいろな程度の複雑さの歌を歌う個体を用意し、どの個体の歌がフラッシュ光によって中断されやすいか調べてみたのである。結果、より複雑な歌を歌う個体の方が中断することが少なく、確かに複雑な歌を歌うためには認知的なコストが必要であることがわかった。」

 「認知的なコストが必要」とは、「(複雑なほど)歌に気を取られやすい」と言い換えてもいいのだろうか。

 ここで(いつものように)戯言を書かせていただく。

 フラッシュ光によって歌が中断されないのは、歌が複雑だからそれに気を取られやすくなるのではなく、歌が複雑だからこそ中断されにくくなるのではないか。つまり、本戯言カテゴリのパラダイムを使うなら、複雑な歌を歌う時、脳の中では様々な音素に反応するニューロン群がループ反応を起こしていわば待機状態にある。鳥が歌う際、それらの音素を半ばランダムに選択して、「作曲」しながら歌っていく。

 もしあらかじめプログラムされたひとつながりの曲であれば、「フラッシュ光」などによって中断された場合、また最初から歌い直さなければならなくなる。それがジャズのアドリブのように、与えられた音素の範囲内で作曲しながら演奏するのであれば、たとえフラッシュを浴びた瞬間に再生しようとしていた音素の一つがそのショックで消えてしまっても、そのまま他の音素を拾い上げながら演奏を継続することが出来るはずだ。

 つまり、複雑な歌を歌う鳥が、フラッシュによって中断されないのは、歌そのものの演奏の仕組みが異なっているからである。そしてそのことが、脳の中で特定の音素に反応するニューロン群がループ反応を起こし、擬似的な「時間の幅」の中で同時的に乱立していることの一つの証明になる(ような気がする)。

 ワンパターンですみません^^;

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