« またまた「蛇の回転」 | トップページ | 「ブラック・スワン」 »

2011年9月25日 (日)

新聞の電子媒体化

 新聞の購読をやめるかどうか迷っている。

 一つには実際に読むのが週に一回あるかなしという現状であることと、なにより捨てるのがめんどくさいということが大きい。少しずつゴミに出せばいいのだが、大抵ふと気づいたら、部屋に新聞のビルディングがいくつも建っていたりする。ピクサーの「ウォーリー」冒頭のゴミの山みたいに。

 ただし新聞自体は必要なものだと思っている。ネット情報は迅速で膨大だが、それだけで十分かといえばそうは思わない。それぞれ新聞はそれを作る人達の考え方によって個性を持っている。個性のあるものからは真実を受け取ることができないかといえばそれは反対だ。個性が事実をどのように曲げているか、その偏向を情報受信者が理解していれば、むしろより確実に真実に近づくことができる。少なくとも膨大なネット情報を泳ぐための道しるべにはなる。

 子供の頃からずーっと購読し続けていた新聞をなかなか捨てきれずにいる。おかげで今も部屋のかなりの部分を新聞の山が占領しているのだが。
 自分の記憶と一緒で、慣れ親しんだものはそうそう捨てられない。せめて自分の生活の一部になっているiPadからの購読に切り替えようかと検討中である。電子媒体のくせに値段が全く安くなっていないことがかえって信用できる。それだけの「個性」を提供しているという自負と受け取りたい。

|

« またまた「蛇の回転」 | トップページ | 「ブラック・スワン」 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« またまた「蛇の回転」 | トップページ | 「ブラック・スワン」 »