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2011年9月24日 (土)

またまた「蛇の回転」

 ここにたくさんあるみたいです。 → 「蛇の回転」 

※ いつものことながら勝手にリンクを張って申し訳ありません^^;

 上記リンク内の絵を一つずつぼんやり長時間眺めてみました。やはり青(濃色)が「今」、黄色(淡色)が「過去(脳内残像)」という役割分担で、我々の脳が、静止画像である「蛇の回転」を動画として誤補正しているような気がしてなりません。

 最も回転効率の高い図柄が、青と黄色の形が同じであり、黒がその隙間を埋めるような配置になっています。これが、本当に黄の位置から青の位置まで移動する動画であったと仮定しましょう。その間には無数の「過去(脳内残像)」が重なり合っているはずですから、何重にも塗りつぶされて真っ黒くなってしまうというのは、脳内の状態として自然なはずです。
 だから「黄色→黒→青」の方向に動いて見えるのは、黄色の位置から青の位置に動く物体の脳内残像の状態が、その色の配置に似ているからではないでしょうか。

 さらに当ブログ恒例の「戯言」パラダイムを使えば、次のように言えます。「蛇の回転」は、我々の脳が「今」と「過去(残像)」をステレオグラム合成し、一個の対象として認識しようとする過程で、「動き」という認識が生まれているということの、一つの証明になっています。それは同時に、静止画像という「幅のない時間」の中で「動き」が認識可能であるということの証明にもなります。

 その場合、色ごとのニューロンの発火ピークのずれは、ずれ自体が「動き」を作り出しているのではなく、ループ反応によって何度も発火することを考えると、我々の脳が「錯覚」を起こしやすくなるための着火剤としての働きをしているのではないかと。

 いやいつものやつですから、笑って読んでやってください^^;


追記

 このブログを書きながらふと思いついたことですが、物に輪郭があるような気がし、無いはずの輪郭をくっきり黒く描いた絵画に対して我々が違和感を感じないのは、我々の脳が脳内残像をステレオグラム合成する過程で、実際には存在しないはずの「黒い輪郭」を「(誤)認識」しているということなのかも知れません。
 つまり、現実の視覚情報は、どんなに頭を静止させて視線を安定させようとしても、実際にはほんの少しずつずれています。それを一つのものとして認識しようとする過程で「輪郭」が生まれてくるのではないかということです。

追追記

この理屈だと輪郭は両目の視覚情報の差からでも生まれますね。

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