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2011年11月27日 (日)

紅葉

 紅葉の見ごろマークが出ていた岡城にいってきた。

 駐車場から城へ登る道の途中からちらほら赤い紅葉が目に入り始めたが、まだ心の中の「感動スイッチ」が入るところまではいかなかった。最初から「名所」として定評のあるようなものを観る場合は、「スイッチ」に手をかけた状態でいつでもカチッと押せるようにしておく。しかし、城の中心部あたりまではまだそれは完全には入りきっていなかった。エンジンのセルモーターが何度か回ってもプラグがなかなか発火しないような感じか。

 城の一番奥に長い一本道がある。そこまで来た時自然にスイッチが入った。
 色の洪水である。
 紅葉はいろんな種類が混ざっている方が美しいと気づく。

 桜のピンク一色の美しさも素晴らしい。その下に死体が埋まっていても、さらわれてきたお姫様の心が壊れてしまっても、仕方がないとさえ思われる美しさだ。

 しかし、岡城の最深部の一本道の、この美しさはなんだろう。
 ちょうど曇り空から少し日が差して、紅葉の重なり合いがぼおっと淡い光を放ち始める。紅葉の黄色や紅色に青葉のほんの少しの緑が混ざって、一面のパステルカラーだ。おそらく誰しも印象派の絵画のあの配色を思い浮かべるに違いない。例えばルノアールの。

 紅葉の木々が作り出すほの暗いトンネルの向こうの出口が妙に赤い。木々のトンネルがとぎれた場所の正面に真っ赤なカエデが植わっているのだ。城の側から見ると、その木だけは陽の光の当たる面が見えているため、そこだけ輝いて見える。

 黄色と紅色と緑色が作り出す、ほのくらいパステルカラーのトンネルの奥に見える、真っ赤な出口。
 
 こんな美しいものが自然に出来るはずがないとふと気づく。数百年以上に渡る長い時間の中、繰り返される四季の中で、おそらくは少しずつ少しずつこの庭は造られたのだろう。周囲の山々から、あの木をこの木をと、それらが作り出す色のコントラストに想像をめぐらせながら。

 数十年、数百年の時を経なければ手に入れることが出来ない自然とのコラボレーション。それが数百年の時をもてあました権力者のささやかな趣味に過ぎないものであったとしても、むしろだからこそ、「名所」の自然は美しいのだと思う。

 
 

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