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2011年12月 6日 (火)

時の始まり

 前にこのブログで、外からの刺激だけでなく、我々の意識そのものが我々に時間を認識させていると書いた。そうでなければ無音室で電気も消して、全く刺激の無い状態にしてしまったら、すぐさま時の流れを感じなくなってしまうことになる。人はそういう環境では長時間意識を保つことは難しいらしいが、少なくともすぐさま時の流れが止まるなどということはないはずだ。何か考えていれば、その考えそのものが時間の流れを意識させるだろうから。
 そこから逆に、言葉という「音」に反応するニューロン群が、脳味噌の中でループ反応し続け、それが持続的に人に時間認識を与えていると推測した。すなわち人の意識は時間意識そのものであると。

 そこからさらに推測した。時間意識の始まりは、むしろ言葉の獲得、すなわち「音」のループが最初の引き金なのではないかと。

 人はこの世に生まれ出た時、音と光の洪水の中に投げ出される。ソシュールが「星雲のような」と形容した、あの認識以前の混沌だ。

 そこに一定の刺激が繰り返され始める。
 それは音だ。
 その音は、特定のニューロン群を一定のリズムで刺激し続ける。
 そしてついにそれらのニューロン群は自律的に反応を始め、互いが互いを刺激し合いながらループ反応し始める。
 外界からの刺激無しで、脳の中でその音を繰り返す。
 その音はそもそも人間特有の器官から生じたものなので、脳の中の音をその器官を通じて再現することが可能であることに自然に気づく。というより、その音に反応するニューロン群がループ反応することそのものが、その器官の動作ニューロンを刺激するはずだ。
 そうやって脳の中の音は、外界に発信される。
 「ママ」「パパ」と。

 それがきっかけになって、視覚その他の様々な感覚器官からの刺激に反応するニューロン群が次々にループ反応を始める。

 「時の始まり」である。それは同時に「意識」の始まりでもある。


追記

 おそらくニューロンのループ反応は最も単純かつ日常的なものから始まっただろうなと考え、視覚か聴覚かと考えているうちに、こういう発想にたどり着きました。まあいつもの通り根拠の欠片もない話なので、読み飛ばしてやって下さい。
 そういえば最近ツイッターか何かで、視覚と聴覚は連動しているという記事を読んだような気が…。

追追記

 人の声帯によって作られる音は、自然界の音と比べても一定の周波数を持続できる点に特徴があるような気がする。つまり、特定のニューロン群を一定時間刺激するのに適しているのではないかと。人はそれを自分で声に出してみることで、ニューロン群のループ反応を自己強化できる。

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