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2011年12月24日 (土)

自由否定

 人の脳では、何か動作したり意志決定する0.5秒ほど前に、既にそれに関係するニューロンの発火が始まっているということが実験的事実としてあるらしい。それに関連して、「人には本当に自由意志があるのか」という論議をあちらやこちらで目にしてきた。なぜそんなことにこだわるのかさっぱりわからなかったのだが、最近ようやくその一面ぐらいは理解できたような気がする。

 私は理屈で説明できないことの一切を信じない。人が認識可能な物事の全ては理屈で説明できると信じている。だから「人が自分で決定したと思っている『意志』は、実は自分以外の何かからもたらされたものである」という理屈に納得しない。唯、脳、のみがあると信じている。

 池谷裕二さんの『単純な脳、複雑な「私」』に次のような記述がある。

「準備ができたから行動したくなるんだけど、一般生活では何かをしたいと思っても、それをしないということはできますよね。つまり、〈しない〉ことを決める意志は、人間にはまだあるんじゃないんですか。」(P281)

 何かの動作を行う時に、脳の特定のニューロンが選択反応的に発火すると考えるから、0.5秒前の「発火」に説明がつかなくなる。
 何かの動作を行う時、それに関連するニューロン「群」の発火は相互に刺激しあってループ反応を起こしながら、準備状態に入る。つまり、我々が何かの動作を起こす時、予備動作とその決定という二段階の「ニューロン群の発火」があると考える。
 そのようないわば特定動作の待機状態を可能にするためには、予備的なニューロンの発火が一定以上の時間持続している必要がある。本カテゴリ「時間意識戯言」の「ニューロン群のループ反応(旧ハウリング)」という考え方は、そのような状態を説明するのに都合が良いはずだ。

 動作・判断の0.5秒前に起きる脳内のニューロン群の発火については、「自分の意志」という言葉で単純に説明できないのはわかる。その瞬間の周囲の環境の影響や、彼の深層心理、直前に経験したこと、その日の気分等々様々な影響を受け、おそらく脳の中には、次の瞬間に取るべき未来の動作が可能態として複数存在しているはずだ。
 それら全ての可能性としての未来は、脳の中で複数のニューロン群のループ反応という状態で維持される。脳の中にニューロン群のループ反応という輪ゴムが複数引っかかっているようなものだ。それらの輪ゴムは人の「自由意志」によって「自由否定」され、ほとんどが脳から取り除かれる。その結果として「実際に行う動作」というたった一つの輪ゴムが決定されるのを、脳は0.5秒間待っている。

追記

 「ループ反応」という言葉自体、実は池谷裕二さんの著述から借りたものです。もとは「ハウリング」という名称でした。
 そもそも「ハウリング」は、同一の刺激に反応するニューロン群のずれがステレオグラム的に融合して時間が流れているという認識を作り出す時、その認識が安定するためには一定の「ずれ」が持続していなければならない、という発想から生まれたものです。池谷さんが、なぜ、「ループ反応」というニューロンの状態を想定したのかについては、まだそれを説明した文章に出会っていません。案外と今回私が書いた内容に関連があるのかも知れませんが。

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