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2012年4月30日 (月)

完全無欠な証拠

 今までなぜ気がつかなかったのか自分でも不思議なぐらいだが、3D映画の仕組みは本カテゴリ「時間意識戯言」の枠組みの完全無欠な証明になっている。

 ほんのちょっとした思いつきから始まって、足かけ5年もの長期間に渡って書き続けてきた「時間意識戯言」だが、これまで「戯言」の核の部分の証明が、可能性のある現象の提示というレベルさえ思いつかず、不安要素を抱えたままだった。
 両目からの異なる視覚情報を脳内でステレオグラム合成していることは、いつでも確かめることができる100%確実な真実だ。しかし、その機能が「過去」の残像と「今」この瞬間の視覚情報にも作用可能なものなのかという点については、これまで確信が持てないでいた。つまりステレオグラムの機能は、両目からの視覚情報が同時であるということが作動条件なのではないかと反論される可能性がまだあったのだ。
 
 ところが、昨日の晩「架空の本」を執筆中に、ふと3D映画の仕組みが、過去と今とがステレオグラム合成されることの完全無欠な証明になっていることに気づいた。

 3D映画の映像は、特殊な眼鏡によって左目と右目とをフィルムのコマ一つ分ずつ代わる代わる液晶シャッターで閉じている。映画は1秒に24コマが連続的にスクリーンに投影されているから、コマ1つ分の担当時間は約0.04秒である。したがって左目からの情報と右目からの情報は同時ではなく、それぞれ0.04秒ずつずれた過去と今とを、入れ替わりながら担当している。我々がそこに立体像を認識する以上、時間的にずれた視覚情報が脳内でステレオグラム合成されていることは疑いようもない真実である。
 

 正直言えば「戯言」という枕詞を削ってしまいたいぐらいに確信を持ち始めた。
 

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