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2012年4月 3日 (火)

プロローグ

「 時の流れは極めて日常的な存在だ。我々はいつも時間を気にしながら生きている。映画の上映時間を気にし、仕事の締め切りを気にし、子供たちは授業の終了時間を気にしながら生きている。
 だが、我々の目の前を今この瞬間も流れている「時間」が、我々の認識の結果としてでしか存在しないということを証明するのがこの本の主目的なのだ。
 この本の中にはいくつか確実に言えることがある。ある仕組みが人の時間認識を生み出しているというのもその一つである。厳密に言えばその仕組みは、そのように考えれば時間の流れについて比較的単純に説明可能になるということに過ぎない。しかし、それが真であるなら、それによって時間に関わる他の様々な分野の謎を解く可能性が生まれる。さらには時間を認識しながら生きている我々自身の心について考える手がかりにもなる。本書では、それらについて説明することで、その仕組みの真偽及び有用性の有無を世に問いたい。
 話は2500年前のギリシャの哲学者の言葉から始まる。有名な「ゼノンのパラドックス」の「飛ぶ矢のパラドックス」である。時間認識に関わる言説全てを追うことが目的ではない。「飛ぶ矢は実は止まっている」というその逆説が、詭弁や妄言ではなく、我々の認識の本質を言い当てているからである。2500年の時を経た現代に至るまで、それを証明するための条件が整ってなかっただけなのだ。
 本書で使う言葉の一つひとつは本書の中で定義づけられている。したがって本書は、このような分野について全く予備知識を持たない方にも納得してもらえるように書かれている。この本を読み終わった時、自分の目の前を流れる時間を、自分の周囲の様々な光や音を、自分の心の中の言葉の一つひとつを、静かに観察したくなるはずだ。」

追記

 いや、もうこれでやめにしておきます。後は本を買って読んで下さい。(おい)
 というか、これはあくまでもたたき台なので、自己添削しながらどんどん変化していく予定のものです。プロトタイプ。だからたとえ最初の一ページとはいえ、紹介するのは早かったかも知れません。

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