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2012年6月 3日 (日)

サブリミナル効果

 サブリミナル効果というのは、例えば映画のフィルムに一こまだけ清涼飲料水の宣伝を入れておく。するとその映画を観た人が、たったの一こまだからそれを見たということに全く気づいていないにもかかわらず、映画が終わったら喉が渇いてジュースを買いにいくといったものである。
 
 これは実際行われていたことがあったらしいが、購買者の権利やら何やらで禁止になったとかいう経緯がこれまであったらしい。つまり、それなりに真実らしいのだ。


 私がこの話を聞いたのは多分子供の頃だが、全く信じることができなかった。意識できないものから影響を受けることなどあるだろうか。青年時代にフロイトを読んだ後でもまだ信じることはできなかった。無意識領域から影響を受けるにしても、まずそれを意識する必要があるのではないか。意識されないということは、脳によって処理されていないということだ。だからこれは一部の科学が時々陥る、他の原因に基づく事象を強引に自説の枠組みに結びつけている例の一つなのではないかと。例えば映画館の例でいえば、観客がジュースを買いに行くようになる何らかの間接的原因があったのではないかと。そんなふうに考えていた。

 ところが、『時間認識という錯覚』なんて架空の本を書き始めてから、サブリミナル効果についてもなんだか説明できるような気がしてきた。

 人が目の前の現実を現実として認識できるのは、脳内のニューロン群のループ反応が起きた瞬間からだ。すなわち時間意識の発生と、意識とは同じ現象の別の面に過ぎないと語ってきた。
 サブリミナル効果はたったのフィルムのコマ一つ分であるため、ニューロン群がループ反応を始める直前で外部からの刺激が止まってしまう。つまり時間意識が発生していない。だが、受けた刺激は一部のニューロン群を発火させ、把持された過去として脳内で他のエージェント(モジュール)を活性化させてしまう。

 だから、見たとは意識していないのに、なぜか脳内ではそれを見たのと変わらない反応が起きてしまっている。つまりサブリミナル効果とは、、ステレオグラム合成されなかった「過去」の残像が、脳の中でさまよった結果生まれたものなのではないかと…。

 架空の本『時間認識という錯覚』は、ブログ記事にない要素がかなり追加されています。そちらも合わせてご覧になって下さい^^;

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