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2012年9月30日 (日)

『現実と仮想』(茂木健一郎)の授業

Kasou

 教科書教材『現実と仮想』の板書である。最初の授業でいつもやっている「キーワード探し」と「キーワードつながり探し」の板書を、授業後に撮影してみた。

 「キーワード探し」については、拙宅「熊男の住処」の「昔書いた物」に、あれこれ記録をアップしてあるのでそちらを参照していただきたい。「羅生門 授業」とかで検索すると、ビデオデータのあるページにたどり着くはず。(実はこのページは結構あちらこちらからアクセスされているようだ。)

 この写真の板書が授業者の意図通りだったかどうかはともかく(別にこうなるべきといった意図など最初から無いのだが)、生徒は結構おもしろがっていた。「現実と仮想」というテーマそのものが刺激的だったらしい。授業担当者の悪影響かも知れないが。
 

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

現実と仮想…ソードアートオンラインみたい

投稿: 名無し | 2017年5月15日 (月) 21時14分

お久しぶりです。お元気ですか。
早速ですが、トラシュマコスの正義論についてどう思われますか?今授業でやっているところなのですが・・・
授業では、というか先生の話では、トラシュマコスのそれは正義ではなく、正義に見えるものについて語っているだけだ、という話になりました。ですが私は先生の回答に賛成できないんですよね。
因みに、トラシュマコスの正義論の中で取り上げられたのは正義とは勝者の利益である。という一文だけです。また個人の正義というものは存在しないとのことです。
色々とすっとばして書いているので申し訳ないですが、先生の意見をお聞かせ下さい。分からないところがあれば質問してください。
よろしくお願いいたします。

投稿: sugino | 2017年5月17日 (水) 19時58分

おおっ久しぶり。ってなんでこの記事にコメントを?σ(^_^;)
で、トラシュマコスって知らなかったのですが、ネットで検索するとソクラテスと論争した人とある。プラトンの『国家』の内容みたいですね。まだ読んでない。
あくまで私見ですが、最近文系学部って上から存在意義やらなんやらで圧迫受けてるから、そういうことについてその先生は語ろうとしてたんじゃないですかね。「正しさ」なんて所詮権力を手にしたものの主観に過ぎないと。
sugino さんはなんで先生の考えに反対なんですか?

投稿: 熊男 | 2017年5月17日 (水) 21時46分

遅くなりまして申し訳ございません。パソコン苦手で。コメントがここになったのは他の場所がわからなかったためです。Twitterしてないので。
話を戻しますが、あの先生にそれはないですね。単に授業で出たというわけではなく、一年間それについて討論するらしいです。サンデルに触発されて、何年もこの授業らしいです。
で、なぜ反対するのかということですが、反対というか、そもそもこの議論は成り立つのかが不思議です。個人の正義は存在しないなら、これに対して反論はできないと私は思うし、そもそも正義なんて他人との共通了解が完全に得られることはないものについて議論できるのかなと思います。言葉の使い方に厳しい人なのでなおさら。
ま、私があの人嫌いてのもあるんでしょうが。
そんなとこです。遅くなってすみませんでした。

投稿: sugino | 2017年5月25日 (木) 22時35分

まあ哲学者ってのはいちいち突っ込まなくても普通に生活できるようなことにわざわざ突っ込んで行く人たちなので(そういう意味では私も哲学者の端くれなのかもですが)。
で、その突っ込む手法が、常識を信じきっている人の認識の矛盾をつくというものなので、まあそれをされた人は大抵イラついてしまうわけで。ソクラテスの産婆術はまあその典型で。それを題材としてるぐらいだから、その先生は最初からそれが目的なんだと思いますよ。つまり講義の参加者をイラつかせるσ(^_^;)
面白そうな先生じゃないですか。suginoさんも先生に対抗してバンバン突っ込んであげてください(おい)

投稿: 熊男 | 2017年5月27日 (土) 13時15分

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