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2012年12月22日 (土)

三体問題(多体問題)

 「二重振り子」についてあれこれ調べていて、この言葉に突き当たった。
「互いに相互作用する3体以上からなる系を扱う問題である。」ウィキペディア「多体問題」の項参照)とあり、ウィキペディアに限らず様々なネット上の記事が「未解決の問題」としている。

 大雑把に言えば、数学も物理も2つの物体の関係までは計算予測できても、3つ以上の物体の関係となると「カオスが発生して」予測不可能になるというのだ。つまり、「二重振り子」や、「惑星、衛星の関係」がまさにこれである。

 正直驚いた。我々の社会を支えている科学はたった3つの物体の関係も記述できないというのだ(本当)

 現在執筆中の架空の本において私はこんなふうに書いた。

「ところで、なぜ質的に異なっているはずの座標ゼロと物体の軌跡上の任意の座標点とが、全く同質の数字という概念で表現できるのだろうか。それができるからこそ、人はこれほどまでの科学文明を築き上げてきたはずだ。以下に記すのは解釈としてその可能性の一つだ。
 本書前項において、月を投げる話を書き、月と月を投げる人とは、投げた直後に等しく二つの慣性系(静止系)に分裂すると述べた。「投げる」という動作の結果として、月と月を投げた人とどちらが動いているかを決定するのは、それを観測する人の認識に過ぎない。この時観測者もまた一つの系である。観測対象となる系と観測者という系のどちらが動いているのかについても決めつけることはできない。「観測対象と観測者との関係が変化する」という記述が、「動き」に関する最も簡潔な表現だろう。つまり、部屋の中を飛び回る蠅という座標点と、座標ゼロとなる部屋の隅とは、その関係が変化しつつあるのであり、どちらが動いていると決めつけることはできない。蠅が部屋の隅から遠ざかるように見えるとき、蠅と部屋の隅とは同時に遠ざかり合っているのであり、蠅が部屋の隅に近づくように見えるときは、蠅と部屋の隅とは同時に近づき合っている。だから、任意の瞬間において、座標ゼロと物体の軌跡上の任意の座標点とを全く同質の数字という概念で表現するあり方は、見方によっては観察者のいない物理的な現実を正確に記述していると言える。簡潔に言えば、ぶれ幅が等しくなるはずなのだ。逆位相という意味で、同質のぶれ、かすれを、それぞれ逆位相という意味で同質の寄り添った視点で打ち消し、静止系と見なした結果の座標点である。問題は、同質の二つの系の関係を記述したものでありながら、片方の系を座標ゼロという一見絶対的な系であるかのような記述にしてしまっている点にある。ここにさらにもう一つ異なる慣性系の軌跡とその座標点を追加すると、座標ゼロは本来異なったぶれをもつ異質な系を1カ所に重ね合わせた状態ということになってしまう。」(『時間認識という錯覚』第四章第二項)

 これを書いた時には全く意識していなかったのだが、つまりこれは「三体問題(多体問題)」そのものではないかと。
 「ゼノンのパラドックス」について考え、我々の脳による認識結果としての「動き」を排除した純粋に物理的な「動き」を考察する過程で、二点間の関係(座標ゼロと任意の物体)を記述するまでがデカルト座標の限界であるという結論に、自然にたどり着いてしまった。

 もしこの考え方が本当に正しいのであれば、三体以上のつながりがカオスを生み出すのは「数」という概念そのものにあらかじめ含まれていた「瑕疵」ということになる。人が「複雑な構造」について思考を始めた時に初めて起動する時限発火装置と言うべきか。(「2001年宇宙の旅」のモノリスみたいだな…^^;)


 だが、「数」そのものに問題の核が存在するのであれば、数式で表される現象全てが同様の問題を抱えることになる。複数の変数を持つ数式によってもたらされる計算結果は全て、「二重振り子」と同様のカオスを生み出しているはずだ。ざっと考えただけでも、金融商品など経済分野における金銭の動き、建造物の揺れを予測した免震計算、その他その他…。

 話がずいぶん大げさになってしまったが、もう一度確認するなら、我々は関連し合うたった3つの物体の動きさえ予測できずに、この現実世界を生きている。これは私の戯言とは何の関係もない「真実」だ。信じがたいことではあるが。

 

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