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2012年12月14日 (金)

「時間と脳-"時間"によって解き明かす人間の知覚、そして意識-」

 山口大学に時間学研究所という機関があり、そこの主催で題名のような「国際シンポジウム」が開かれた。
 時間学研究所は、広中平祐さんが山口大学の学長をやっていた時に設立されたそうだ。(ツイッターでつぶやいた話なのだが、広中平祐さんがフィールズ賞を取った研究がポアンカレ予想の証明に関連があるものならば、時間学研究所を作った理由も何となく想像がつくのだが…とわかりもしない話を書いてみる^^;)

 シンポジウムの題名だけでなく、カリフォルニア工科大学(カルテック)で教鞭を執っている下條信輔さんがいらっしゃるというネット記事を見て、また魂がさまよい出るように山口まで出かけてきた。
 ひとの「こころ」は若い頃から私の興味の中心にあり、誰に勧められた訳でなくフロイトその他を読みあさっていたので、本屋で見かけた下條信輔さんの「〈意識〉とは何だろうか-脳の来歴、知覚の錯誤-」に興味を持ったのは自然な成り行きだったと思う。これは10年以上前の話であり、当時講談社現代新書は茶色い表紙で、今私の目の前にある。(初版本だった)

 読み直してみると、最初に読んだ時にあちこち鉛筆で傍線を引っ張っており、題名にもある「来歴」という概念を始めとして、あちこち影響を受けているふしがある。というより、「意識」関連を読みあさった今の自分には、私のような素人に限らず、研究者レベルにも様々な影響を与えているように感じられる。(それ自体が上書きされた「錯誤」なのかも知れないが。)

 1時間半に渡る下條さんの講演で私が得たのは、自分が書いてきた「戯言」に対する確信だった。

 話はいきなり「物理的時間と主観的時間という区別自体が、そもそもおかしいのではないか」から始まった。さらに、「時間という存在がいかに不可解か」について話が続く。そして「そもそもニュートン力学が問題で、私も最近までだまされていた。」という発言まで飛び出して、最初からハイテンションだった。

 会場は数百人程度は収容可能な小さな講堂だったが、主催者の予想を超える聴衆が詰めかけたらしい。そもそも「時間学」を受講する学生の日常の講義単位にもなっていたようだが、「無条件で出席にするので、学生はできれば会場の外に出て下さい」などと講演前にアナウンスされたぐらいだ。
 地域のごく一般的な人々も多く、下條さんの表情が見えるようにとそこそこ前の席に陣取った私の隣にも、普通のおじいさんおばあさんが座っていた。
 ただ後でツイッターで検索してみても、参加していた学生らしい「つぶやき」で、「がんばって聞いていたけどわからなかった(T.T)」というものがあったから、実際かなりのレベルの話だったと思う。当然私はアドレナリンとドーパミンの大盤振る舞いで、身震いしながら聞いていたのだが。

 講演の内容は、金沢工業大学のホームページにあったこの講演の記録と似ていたとは思う。(そういえばこのデータのパワーポイントのイラストは日経サイエンスのを使っているなあ)

 講演の最後あたりで「我々が認識する時間には幅がある」という発言まで飛び出した。(これについては去年の春頃だったか、ツイッターのどなたかのつぶやきに「下條先生の発言」という但し書きで見かけたことがあったので、意識はしていた。「私と同じことを言っている」と。)

 未発表のものも含めて、多くの実験を紹介して下さったが、私が最も興味を感じたのは、仮現現象(2つの電灯をタイミング良く光らせると、電灯が移動したように見える現象)をアレンジしたものである。
 時間差をつけた二回の電灯の発火の際に同じタイミングで音を鳴らし、そのちょうど中間で同じ音を鳴らすと、その瞬間にあるはずのない電灯が見えるという実験である。
 このブログのちょっと前の記事「空間把握能力と言語」や、書きかけの架空の本「時間認識という錯覚」の中で、聴覚イメージと視覚イメージとのつながりについて書いた。それを補強する実験として引用可能と感じた。

 講演後のパネルディスカッションでは「言葉は当然我々の現実認識に影響を与えている。これについてはまた別の機会に」という発言まであり、なにもかもが私の興味の核心に近いものばかりだった。

 講演終了後に「講師を囲んでの茶話会」という30分程度の会があったが、時間が下がっていたのと、頭の中で情報の整理をしないまま直接コミュニケーションをとるのが正直なところ恐く(情けない話だが^^;)、そのまま大分に帰ってきてしまった。また機会があったら、直接話を伺ってみたい。

追記

 そういえばカルテックって、大学ランキングか何かで、MITを抜いて世界一になったんじゃなかったっけか…。ガセだったらすみません^^;

追追記

 下條信輔さんは、ベンジャミン・リベットの「マインド・タイム」の翻訳者でもあり、講演中もその話題になった。「翻訳しながら、なに言ってんだこの親父は、と思った」という発言があり、それを聞いた私は実はほっとしていた。いや、以前この本の悪口を書いたことがあったので…。最近は一理あるかもと思い始めているのだけど。

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