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2013年2月 9日 (土)

量子とは何か?

  というわけで、いつものはったり大会である。前に書いた「光の二重スリット実験」の記事がそれなりに検索上位に来ていて来客も多いので、調子に乗ってフライングしてしまう。

 「光の二重スリット実験」の記事で私は、「光子(量子)はすさまじい勢いで伸縮を繰り返す球状の波なのではないか」と書いた。それ以来ぼんやり、そんなふうに考えたときに都合が良くなる要素が他にないかと考えていた。それであれこれ思いついたことを文字にしてみる。

 さて語る上で、いくつかの前提を明確にしておく必要がある。それを以下に列挙する。

前提① 光子の実験と同じ結果が、電子の実験でも得られている。それが量子、すなわち物質の基礎構造を作り出すものすべてに適応できると考える。
前提② 「電磁波は媒体を持たない特殊な波なのである」(ニュートン別冊『波のサイエンス』)とあるが、実際には周囲の空間に対して何らかのリソースを費やすと考える。

 ①の方はわざわざ断るまでもないはずなのだが、話の展開上重要なポイントになってくるので念のために書いた。

  問題は②であり、ちょっと物理に詳しい人なら「熊男は否定されたはずのエーテルを復活させようとしているのではないか」とつっこみたくなるところだろう。
  エーテルについてはウィキペディアに「主に19世紀までの物理学で、光が伝播するために必要だと思われた媒質を表す術語である。」とあるのがわかりやすい。もちろんマイケルソンの実験で、光の速度が惑星の回転や進行方向に左右されないことが実証されたことからエーテルの存在は完全に否定されている。そもそもエーテルが一種の「絶対的な座標」として機能することについては、私自身「世界には関係しか存在しない」という考え方を支持しているので、そんなものを復活させるつもりなど毛頭ない。(これについては架空の本『時間認識という錯覚』の第四章あたりをご覧になっていただきたい)
  だから「周囲の空間に対して何らかのリソースを費やす」と書いたのは、「周囲の空間」になにかが充満しているという意味ではない。なぜそのような面倒な前提を提示したのかについてこれから語っていく。

 今回の戯言は以下のようなものだ。

「量子が『高速で伸縮を繰り返す球状の波』であるなら、実体化した物質とは、量子が極限まで収縮して粒子化した状態で密集し、伸張できなくなった状態を意味する。」

 この考え方は、前出の「前提②」と合わさることで、続きが生まれる。

「物質が『量子が極限まで収縮して粒子化した状態』であり、粒子化する際に周囲の空間から何らかの『リソース』を奪うのであれば、重力とは、物質の周囲で空疎化した『リソース』が一種の真空状態となり、周囲の物質や光や量子を引き込もうとする作用である。」

 このように考えると都合が良くなるものがいくつかある。

 一つは、なぜ物質には質量や重力があって、光や電子、さらには量子一般には質量や重力が存在しないのかという点が比較的簡単に説明可能になることだ。
 物質化する前の単独の量子の状態では高速に伸縮が繰り返されて、密な状態と疎な状態が代わる代わる出現する。それによって言わば擬似的な平衡状態が生まれていると考える。量子が粒子化、すなわち物質化したとき初めて周囲の空間に「疎」の持続状態が生まれるわけだ。

 また、なぜそれ自体は質量や重力を持たない光子が重力に引き寄せられるのかについての説明も可能になる。
  光子は、高速の伸縮の過程で粒子化するために周囲の空間からリソースを奪う。この時もし進路の片側に巨大な質量の物体、すなわち空間の「疎」の大きい部分があると、粒子化するために必要なリソースを確保するために、「疎」の空間のより広い範囲を引き込まざるを得なくなる。自然に「疎」な空間のある巨大な質量の物体の方に引き寄せられていく。
 つまり、アインシュタイン的に「重力とは空間のゆがみである」という時の「ゆがみ」の実体は、量子が粒子化した時点で静止し、周囲の空間から持続的に「リソース」を奪った状態と考えるのだ。

  同様の理屈で、重力による加速がなぜ加速中の物体に負荷を与えないのかという点も説明可能になる。
 これは例えば人を大砲に乗せてサーカスよろしくずどんと発射するとする。そうすると発射の際の加速の圧力で人はすさまじい衝撃を感じるはずだ。ところが重力による加速は人の体に負荷を掛けない。自由落下し、重力によって加速し続ている飛行機の中で、同様に加速し続けているはずの人の体は宇宙空間のようにふわりと浮き上がってしまう。
 粒子化した量子が密集して物質となり、周囲の空間から何らかの「リソース」を奪った状態で静止していると考えるなら、つまり重力とは物質それ自体の特性ではなく、物質の周囲の空間の特性だということになる。量子が粒子化した状態で安定しているため、その周囲のリソースを奪われた「疎」の空間も球状に安定しているはずだ。
 その「疎」の空間に、別の物体が近づいてくる。その物体もそれ自体その質量に応じた別の「疎」の空間を身にまとっている。するとそれぞれ物体から見て、相手の物体がある方向に空間の「疎」な状態があることになる。物体の周囲の全方位に均質な「疎」の状態を維持するためには、相手の物体がある方位の空間を、より広く引き込まざるを得なくなる。それで物体は、それぞれ相手の物体をその周囲の空間ごと自分の周囲の空間に引き込み合う。
 アインシュタインは、重力による加速が物体に負荷を与えない理由を「空間ごと引き込むから」と説明していた。(懐かしいNHKの『アインシュタイン・ロマン』でそういう説明があったと記憶している)。その説明に対して私は、「引き込まれた空間はどこへ行った?」と単純な疑問を感じていた。物質の周囲の「疎」の空間がそれ自体を安定させようとして他の物質の「疎」の空間を広く引き込む、という説明はアインシュタインの理屈の弱点を補足・解消するはずだ。

  おまけだが、核分裂によって放出されるエネルギーとは何なのかについても説明可能になる。極限まで収縮して粒子化した状態で静止していた量子の一群が、核分裂によって一気に解き放たれ、狭い空間に重なり合って伸張する作用そのものであると。

 何にせよ「前提②」があって初めて成立する話なので、最初に書いたようにはったりなのは間違いない。しかし、妙にいろんな問題がすっきり説明可能になるような気がするので、むしろそのこと自体が逆に「前提②」の証明になるのではないかと考えて、これを書いている。


追記

 光や電磁波が、粒子化した物質ほどには重力の影響を受けないのは、伸縮の際の「戻り」があるからと考えればわかりやすい。物質の周囲の「疎」の空間は、収縮した状態で「戻り」がないから、一方向に引きつけ合うだけになる。

追追記

 ここの記事の考え方で「質量」についても説明可能になる。べつにこんなへんてこりんな理屈を持ち出さなくても「重力」という存在だけで説明可能なんだけど。前に書いた物とほとんど同じ内容になってしまうので、興味のある方はこちらをご覧になって下さい。 → ブログ記事「質量」、「質量(その2)

 さて、上記ブログ記事を読んでいるという前提で、その内容を今回の記事に当てはめてみると次のように言える。
 重力以外の力で加速を行うケースについて考えてみる。例えば地球に巨大なロケット噴射装置をつけて加速してみる。すると地球の周囲にあった「粗」の空間が引きはがされるようにして、動きつつある地球の後ろに取り残される。
 重力にも光と同様の伝播速度があるというアインシュタインの予言が、最近観測結果として証明されたらしい。重力に伝播速度があるのなら、重力の基となる地球が移動したという情報にも伝播速度があるはずであり、地球の加速の際に重力場~「疎」の空間~がほんの一瞬元の位置に取り残されるという解釈は間違っていないはずだ。
 さて加速した瞬間から、地球はその位置ごとに新たな「疎」の空間を自らの周囲に作り始める。その時、元の位置に取り残されていた「疎」の空間と重なり合って、地球が加速する方向の反対側に、より広い「疎」の空間が生まれる。進行方向の前と後ろとで、「疎」の生み出す負圧に差が生まれると表現するとわかりやすいか。

 それで地球は加速する瞬間に、後ろに向かって引っ張られる。
 それが物体の動きにくさを生み出す「質量」の実体であると。
 
 
 

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