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2013年8月11日 (日)

『時間認識という錯覚』の信頼度

 拙著の内容について親と話していて、「もっとわかりやすいダイジェスト版を作れ。」と言われた。あの文字量でわからないものはダイジェスト版でもわかるはずがないので作る気はないが、各章の「信頼度」みたいなものは書いても良いなあと思い始めた。はったり度と言うべきか…。

(第一章「2500年に渡る謎」の信頼度)

 問題提起であり、ミスはなかったと思う。3つの節ともに信頼度100%と信じる。

(第二章「時間認識という錯覚」の信頼度)

 「今この瞬間の実像がほんの一瞬過去の残像と脳内でステレオグラム合成される」という拙著における最も重要な仮説は、執筆途中で「3D映画」という具体例を思いついた時点で100%の確証を得た。
 一瞬前の過去が現在の認識に影響(錯覚)を与えるという発想自体は100年前から仮現運動等で知られているが、右目と左目の視覚映像を合成するのと同じシステムで「今」と「過去」が恒常的に合成され続けているというアイディアは、オリジナリティという点でも100%のはずだ。
 第二節「蛇の回転」と、第三節「ニューロンのループ反応」の内容については、これしかないだろうとは思うものの確証はない。

(第三章「意識の実体」の信頼度)

 もっともはったり度が高いのがこの章だが、それだけにオリジナリティについても120%であろう。読む人によっては一番面白い章と感じるはず。
 実際、幅のないはずの「現在」という瞬間の中であれこれ考えることができるって変だと思いませんか?

(第四章「時間の本質」の信頼度)

 ここに書いてあることは、結論についてはおそらくずいぶん前から一部の学問領域において語られていることだと思う。ただし「無限の視点」等の記述の仕方にはオリジナリティがあるはずだ。少なくとも私自身はああいう説明を見たことがない。だからこそ書いたわけだが…。

(第五章「『現実』とは何か?」の信頼度)

 現象学の「相互主観(間主観)」について、そこまでの記述で設定した枠組みに基づいた考察を行ったもの。特に新しい提案等はないが、全体の内容をエピローグにスムーズにつなげていく意図もある。

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