« 「真実」が証明されればそれで十分だ | トップページ | 知覚のタイムマシン »

2013年8月 3日 (土)

柔らかい時計

 サルバドール・ダリの代表作である「記憶の固執 」という作品の別名である。例の時計がぐにゃっと曲がって描かれているあれだ。

 拙著『時間認識という錯覚』 の表紙については、最初に出版社さんにお願いしたのは、「白揚社の『ゼノンのパラドックス』みたいな感じで、白地にシンプルな絵で。」という説明だけだった。
 実はダリのゆがんだ時計のイメージは最初から私の中にあった。しかし、予算にも限りがあるのであまり本格的な絵を期待するわけにはいかないだろうと思っていたのだ。

 最初に案として3つの絵が送られてきたが、その中に「ゆがんだ時計」があった。

 くっきりとしたタッチで描かれた縦長の時計の背景に、大きくゆがんだ別の時計が重なって見える。前面の時計と背景の時計それぞれの短針長針、文字盤の模様の配置が絶妙で、エンジンのギヤボックスの内部を覗き込んでいるようで、今にも動き出しそうだ。
 表紙の絵を担当した方は、本書の文章を全て一度読んで理解した上で、この絵を描いて下さったそうだ。

 角度によって輝き方の違う題字の印刷は、「ホログラフ箔押し」というタイプらしく、これも「錯覚」という本書の内容にふさわしい。表紙カバーや本体のベースになっている厚紙は、小さく波打っていて肌触りも良い。これも「変化する時間」をイメージして意識的に選ばれたものらしい。

 今までいろんな人に拙著をもらってもらったが、たいてい渡してすぐ「装丁がすぱらしい。」という感想が返ってくる。もちろん私自身本当に気に入っていて、発売後二週間経った今でも時折なでさすりながら生活している感じだ。
 「自費出版」というのは出版する方も一種の「買い物」みたいなものだと、最初から割り切っているつもりだが、そのような意味で「良い買い物をした」と思っている。

|

« 「真実」が証明されればそれで十分だ | トップページ | 知覚のタイムマシン »

「時間意識」戯言」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 「真実」が証明されればそれで十分だ | トップページ | 知覚のタイムマシン »