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2013年10月29日 (火)

慣性質量と重力質量-等価原理はこうすれば解ける-

 やや見切り発車気味ではあるが、書いているうちに何とかなるだろうと思って書いてしまう。

 問題を簡単に説明しよう。「慣性質量」と「重力質量」は、異なる発生要因による「質量」であるはずなのに、数値的に一致してしまう。かのアインシュタインが、この二つを同じ「質量」であると説き、観測結果も高い精度で一致するのだが、その理由については未だに明らかになっていない。(そういう問題に引き寄せられるのは私の性みたいなもんだ。)

 「慣性質量」とは物体の動かしにくさ、止めにくさを決定する質量だ。
 物体は空気などの抵抗のない場所では、一定のスピードを保とうとする。静止している物体は静止し続けようとする。それらを一定のペースで加減速するためには、一定の力が必要になる。その力を計算する際に基となるのが、その物体の「慣性質量」である。

 「重力質量」は物体が引力に引かれる力に関わる。引力は天体によって違っているが、その一方でそれぞれの天体において物体が落ちる速度は常に一定である。その日によって変化するということはない。どのような物体も常にその天体特有の加速度で加速しながら落ちる。地表に立っている我々が、その物体が落ちないように支えるためには、常に一定の力が必要になる。その力を計算する際に基となるのが、その物体の「重力質量」である。

 そして、この二つの「質量」が高い精度で一致するというのだ。

 加速と減速は方向性が違うだけの同じものだ。慣性運動している物体を一定の力で減速させ続けると、速度ゼロになったところから、そのまま今度は加速に転じる。だから同じ物体を加減速するのに同じ力が必要になるというのは当たり前のような気もするはずだ。慣性状態(静止状態)にある物体を重力加速度と同じ加速度で加速する力と、同じ物体が重力加速度で加速しながら落ちてくるのを押し返す力が一致するのは、当たり前のような気がするはずだ。

 しかし話はそう簡単ではない。「重力加速度」はよく考えるとなかなかくせ者なのだ。

 まず一つには、重力によって落下しつつある物体は、加速の際の抵抗を受けない。自由落下する飛行機の中で、飛行機と一緒に地表に向かって加速しながら落下しつつある人間はふわりと浮き上がってしまう。重力以外の加速は、例えばスポーツカーで急発進する時、我々の体は後ろにぐいと引っ張られるはずだ。重力加速にはそれがない。そのくせに落ちてくる物体を受け止め、支えるためには一定の力を必要とする。

 重力加速の不思議さは、加速の際の抵抗が無いことだけではない。我々は地球という天体に立っている。ボールを放り投げると、そのボールは地球の特有の重力加速度で落下してくる。しかしこの加速度は、我々が立っている地表を一種の絶対系、座標ゼロと捉えた時のものだ。
 もし落ちてくるのが、地球とほぼ同等の質量を持つ他の天体だったらどうなるか。地球のすぐ側にそんな天体がぽんと湧いて出たとする。そんなことはもちろんあり得ないから、あくまでも思考実験としてだ。引力というのは二つの物体が引き合う力だから、それらの天体は同じ加速度で加速しながら接近していく。地球上で落ちてくる天体を見上げている時のその天体の加速度の数値と、第三者的に離れた場所から二つの天体の接近を眺めている観測者がそれぞれの天体の加速度を測った時の数値は、後者が前者の半分のはずだ。
 つまり重力加速度は、見かけ通りではないということだ。重力加速度は実際には二つの物体の合作のようなものである。それなのに、ある物体が地表に落ちてこようとする加速を押しとどめる力と、慣性状態にある同じ物体を重力加速度と同じ加速度で動かそうとする力は等しくなってしまう。

 このブログカテゴリ「量子シリーズ」の枠組みで、なぜ違うはずのこの「慣性質量」と「重力質量」が一致するのかが簡単に説明できる。

 慣性状態にある物体は重力場で取り囲まれている。重力場は量子が粒子化する際に周囲の空間から「リソース」を奪った結果として生まれた「疎」の空間である。慣性運動している限り「疎」の空間も物体の周囲を静かに取り巻いているが、物体が加速しようとするとその加速の力は物体のみに働き、周囲の「疎」の空間には働かないから、(空間を押すことはできないから当たり前だが)、「疎」の空間が取り残されたようになる。それが一種の負圧となり、物体の加速の際の抵抗が生まれる。
 
 一方、重力は物体だけでなく物体も含めたその周囲の「疎」の空間全体を引き込もうとする。したがって重力加速の際には抵抗は無いが、それを腕を伸ばして支えようとすると、その力は物体にしか働かないから、(空間を支えることはできないから当たり前だが)、周囲の「疎」の空間だけが物体から引きはがされそうになってそれが抵抗となる。

 量子が粒子化する際に周囲の空間から何らかの「リソース」を費やすことによって生まれた「疎」の空間-重力場-が、物体から引きはがされようとする際の抵抗が「質量」であると考えれば、加速直前の慣性状態(静止状態)を基準とした時に、異なる加速状態にあるはずの「慣性質量」と「重力質量」が一致する理由が説明しやすくなる。

 「質量」は物体それ自体の生み出す重力場に起因するものである。そう考える時、それ以外の要素が入り込む余地があるとは考えられなくなる。


追記

 上記文章中の「地球と同じぐらいの質量の天体」は、別にテニスボールだって同じことなんですよね。ただし、地球の方の「加速」は計測限界を超えた小ささでしょうけどね。重力加速が二つの物体の間にしか成立しないことには変わりはないはず。


追追記

 この記事の内容も組み込んだ、「量子シリーズ」のリライト版を書き上げました。こちらもどうぞ。

『時間認識という錯覚 第6章』 ”量子という球状の波”

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コメント

>重力以外の加速は、例えばスポーツカーで急発進する時、我々の体は後ろにぐいと引っ張られるはずだ。重力加速にはそれがない。

地球はアクセル踏みっぱなしです、スポーツカーでもアクセル踏みっぱなしなら加速は感じられません。

投稿: 743 | 2014年1月 4日 (土) 20時37分

コメントありがとうございます。Yahoo!でもGoogleでも「等価原理」は検索一ページ目に置いてくれていますし、このようなコメントをつけてもらえることは本当にありがたいことです。誰かが実際に読んで下さっているということですから。(まあアクセス解析を見れば分かるんですけどね)。

アクセルというのは、エンジンにガソリンを供給してエンジンの回転数を上げる、もしくは維持する働きを持つものですよね。アクセルを一定の位置で維持している状態ではもちろん加速はしません。ただし、「加速はしない」といっても見た目の話であって、実際には空気抵抗とか機械摩擦、道路との転がり摩擦で車はじわじわ減速していますので、アクセルを踏むことでその減速を加速でぴったり相殺し、一定の速度が保たれているはずです。もちろん乗車している我々の体は加速も減速も相殺された結果として一定の速度を保っていますので、「加速は感じられない」はずです。

ただし、私の話は「急発進」の場合、つまり車が0㎞/hからスタートしてどんどんスピードを上げていく際の話なので、その状況に限って言えば「我々の体は後ろにぐいと引っ張られるはずだ」は正しいはずです。

重力加速も「加速」である限り落下する物体はどんどんスピードを上げていくわけですから、本来「引っ張られる感じ」があってしかるべきです。それが無いのでアインシュタインを始めとする理論物理学者の皆さんがこれまで頭を悩ましてきたという話を聞いたことがあります。

投稿: 熊男 | 2014年1月 5日 (日) 10時21分

先のコメントも今回も
>まず一つには、重力によって落下しつつある物体は、加速の際の抵抗を受けない。
へのツッコミです。
たとえの片方は加速が継続している場合、
他方は加速を始めた場合で、条件が違っています。

>...「急発進」の場合...「我々の体は後ろにぐいと引っ張られるはずだ」...
そのとおりです。しかし車のたとえを重力に当てはめると、
止まっている車というのは質量がゼロの地球になります。
つまり車の急発進をたとえると、地球がぽんと湧いて出た、ということになり、
同じく加速を感じることになります。(加速度が変化したので)
飛行機のたとえに当てはめると、「感じていた重力がふわりとなくなった」という
減速を感じることになります。

>アクセルというのは...
速度が一定であれば加速度も一定(この場合ゼロ)ですので加速を感じませんし、
どんどんスピードを上げていても「加速度」が一定であれば加速を感じない、のです。
>>スポーツカーでもアクセル踏みっぱなしなら加速は感じられません。
たとえがへたくそですいませんでした。
重力でなくても加速度が一定であれば加速を感じない事を
車でたとえるのは無理がありましたが、うまいたとえがみつかりません。

投稿: 743 | 2014年1月 8日 (水) 13時05分

「加速」は速度ゼロからでも速度60km/hからでも同じですよ。速度ゼロも観測者から見て相対的にゼロに見えるということに過ぎませんから。
慣性の法則って知ってますか?慣性状態にある物体はそれを見ている観測者にとって何㎞に見えようが「同じ物理法則が成立」します。
速度ゼロという慣性状態からの加速も、速度60㎞/hという慣性状態からの加速も全く同じ「後ろに取り残されそうになる感じ」を感じるはずです。
なかなかこういうところで文字で説明するのも難しいので、私の職場の関係者なら直接声をかけてみて下さい。黒板使って説明しますよ。
というわけで、この話題は申し訳ありませんが、この辺で切り上げさせていただきます。

投稿: 熊男 | 2014年1月 9日 (木) 21時54分

この記事、妙にアクセスが多いみたい…

投稿: 熊男 | 2014年6月 9日 (月) 20時49分

お疲れ様です、いつも興味深く読ませていただいております。

突然な話ですが、一つ思考実験をしてみたいと思います。

お互いのまわりを回転する2つの粒子からなる系があります。
2つの粒子の間には重力が作用して回転による遠心力とつりあっています。

さて、その系に向かってもう一つ粒子を落下させて見ましょう。
その場合の粒子の落下軌跡は、単一の粒子に向かって落下する軌跡と比べると明らかに異なります。

それでは落下させる粒子を「地球」に置き換えてみましょう。

つまり回転する2つの粒子からなる系を地球に「落下」させるのです。

その場合、どのような軌跡が描かれるでしょうか?

通常、差異は殆ど見られないずですが、光速に近い速度で回転する物体を作ることができれば
面白い展開が期待できるのではないでしょうか?


投稿: 高卒工員 | 2014年6月27日 (金) 23時51分

コメントありがとうございます。
どう答えるべきかを検討中です。
ただこの記事は、慣性状態からの加速が、重力加速の場合、空間を絶対基準とすることが出来ない、ということを主にいいたかったのです。つまり「質量」は物体そのものから独立した「空間」に依拠するような存在ではないと。
「地球と同じぐらいの質量の天体」を思考実験の例として使ったのは、話の展開として「加速度が半分になる」という結論の方がイメージしやすいと思ったからです。その辺りの事情を理解して下さると助かります^^;

投稿: 熊男 | 2014年6月29日 (日) 19時01分

ちょいと上げときます。
まあ重要な記事なのでσ(^_^;)

投稿: 熊男 | 2017年5月30日 (火) 06時08分

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