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2013年12月11日 (水)

空間認識能力が時間認識能力より先と考えた方が自然だ。

 ある身体機能が生まれるためには、その前段階となる別の身体機能があるはずだ。

 拙著『時間認識という錯覚』の基幹的主張は、我々が脳の中で「過去」の残像と「今」の実像をステレオグラム合成している、というものだ。それによって脳内に0.2秒程度の擬似的な時間幅を創り出し、「現在」という幅がないはずの瞬間における「動き」の認識と、時間の流れとを創り出している。

 ところでこの論に対して、「なぜその『擬似的な時間幅』が0.2秒程度でなければならないのか」という反論が容易に成立する。過去を参照することで観測対象の因果脈絡を判断する目的であるなら、脳内の「擬似的な時間幅」は、長ければ長いほどその個体は進化論的に生き残りやすかったはずだ。過去についての情報量が多ければ多いほど、その個体は周囲の状況をより的確に判断できたはずだから。

 時間認識の幅が約0.2秒であることにはどのような必然性があるのか?

 二つの目、二つの耳からもたらされる情報を統合しようとする脳の機能が、副次的に時間認識の能力を我々に与えたと考える。

 脳は非常に柔軟な可塑性を持っていると聞く。例えば何らかの事故などで脳の特定部位の機能が失われても、程度によっては脳の他の部位が変化して、失われた機能の肩代わりをするというようなことがあるらしい。そう考えると、立体視覚や立体聴覚の脳機能は、二つの目、二つの耳という我々の身体機能が備わった後、それらの器官がより効果的に機能するように、複数の異なる情報を統合する能力を発達させたと考えるのが、順序として自然だろう。

 脳の中の情報は隅から隅まで行き渡るのに意外に時間がかかるらしい。二つの目、二つの耳やその他の感覚器官からの情報を一つに統合しようとする脳の働きは、自然に先に脳に入ってきた情報をできるだけ長く維持しようとする機能を発達させたはずだ。確率20%で徐々に同期発火し、同じ活動電位を再発火までの0.2~0.3秒間維持し続けるニューロンクラスターは、そのために生まれたと考える。言わば、ほんの短い時間だけ機能するメモリーのようなものだ。

 まず、二つの目と二つの耳が備わった。そして、それを効果的に機能させようとする脳の営みが、立体視覚と立体聴覚を生み、その副次的機能として時間認識の能力がヒトに備わった。そう考えるのが進化論的に最も自然であろう。そしてそのように考える時、我々が認識している0.2秒の擬似的な時間幅の成立にも必然性が生まれてくる。それはある瞬間に脳に入ってきた全ての情報を統合するのに必要な最低限の時間なのだ。

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