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2014年2月22日 (土)

「ゼロ・グラビティ(GRAVITY)」

 これを観た時、「なんだか俺の本と同じようなことをしようとしているなあ」と思った。
 それで授業中、何かの際にこの話をしたら、私の本を読んでいて、映画も観に行っていた人物が、「私もそう思った。」と発言していたので、どうも自分の思いこみとか手前味噌だけではないような部分も本当にあるようだ。

 ストーリーも面白い。どきどきわくわくだ。しかしこれまで観てきた映画の数々と比べて、特別優れたストーリーとまでは思わない。むしろエンディングまでの道のり自体は素朴なぐらいだ。

 この映画の主人公は明らかに宇宙空間そのものだ。さらに言えば題名通り、「重力がないこと」それ自体だ。
 しかし、たったそれだけの描写のなんと刺激的なことか。まさに「異化」である。我々の頭の上数十㎞の「現実」を極めて厳密に正確に再現していることは誰でも分かる。それなのにこの非現実感。

 この映画の製作意図に興味が湧いた。この素朴なストーリーの、それでいて刺激的な映画を、大金と派手なキャストを使って作り上げようとした理由に。

 人は悲しいほどにわかり合えない。それが現実だ。これほどまでにわかり合えないのにこれほどまでの世界を築き上げていること自体が奇跡だとは思う。だが、おそらくもう一歩先に行くためには何か新しい視点が必要なんだと思う。あまりに日常的すぎて意識することもない「重力」、そして「時間」。そういったものを見つめ直すことも、一歩のきっかけぐらいになるのではないかと思っている。

 この映画の制作者は、実際そう思ってこれを企画したのではないかと本気で疑っている。

追記

 ツイッターで前につぶやいたように、一カ所、まあ演出上仕方がなかったのだろうけど、ちょっと物理的にあり得ないシーンがあった。ちょっとネタバレが過ぎるのでここでは書かないが、理屈だけ書くと、加速力と慣性力を混同しているシーン。まあ一応「科学読み物」を出版している以上、断っておかざるを得ないかなと^^;無粋ではあるけど。
 そのシーン、無理に理由を説明しようとすればできなくはないんだよね。

可能性①…対象全体が僅かに回転していて、遠心力が働いていた。
可能性②…実はじわじわ動き続けていたのだが、見た目止まってしまっているように見えただけ。

 どのシーンなのかは、ひ・み・つ、ということで。うーむ、無粋の極みだな。

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