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2014年3月 3日 (月)

「時間認識という錯覚」のオリジナリティ

 手抜きではあるが、ちょっと前にふと書き殴った「つぶやき」をまとめておこうと思う。たまにはそういうのもいいだろう。(※ 誤字や明らかな表現のミスは微調整しました。)


「拙著『時間認識という錯覚』のアイディアの核は、現在から過去を参照(もしくは想起)することで時の変化を意識するというのではなく、現在という一瞬そのものに現在も過去も同時存在しているという点にある。そしてそれを証明しているのが錯視図形「蛇の回転」であると。」

「しかし、いきなりそんな話をしても誰も理解しようとしないだろうから、1時間前からどんどん時間を削っていって、「現在」という幅のない一瞬に迫っていくという禅問答みたいな説明の仕方をし、3D映画という具体例でわかりやすさを演出したつもりだった。」

「ところが、拙著の校正を担当したどなたかが、「現在から過去を想起する」という表現を私に、「これが分かりやすいのではないか」と勧めてきたので、「なるほど既存の考え方との違いを明確にするのは容易なことではないな」と感じた。そのコメントに対しては「最後まで読んで下さい」と朱書きしたのだが…」

「ひょっとしたら「当たり前のことを難しく言っているだけじゃないか」もしくは「それは君、既に○×さんが言っていることだよ」とかいうことになっているのかもしれないなと…。」

「フッサールの『内的時間意識の現象学』は、彼が晩年に血迷って書いた本ということになっていたので、その観点を一つ奥に踏み込んだ形になっている私の本の内容には確実にオリジナリティがあるはずだ。自分がやったことの意味を人から正確に理解してもらいたいというのは人として当然の欲求でしょう。」

「時の流れについて考えるためには、意識とは何なのかという問いを切り離すことはできない。その部分をどう扱っているかで、一見似たような内容を口にする人物がどのようなフレームに基づいて思考しているかを瞬時に見極められる。それを直接口頭で説明しようと、東京に出て行く決意をしたが、その直後に地震が起きた。」

「それで本を書いたわけだが。」

「逆に言えば、意識とは何なのかということについて考えるためにも、時の流れとは何なのかという問いを切り離せない。つまり「今」と「過去」とのステレオグラム合成は、あの本の心臓そのものである。それがあるからそれ以外の全てのアイディアにつながっていった。」

「さらに言えば「観測」ということの意味を合わせて考えなければ、脳内で起きていることを「実験的に」証明することなどできるはずがない。「現在という幅のない時間」という観点を持たない全ての「実験」は、既成の枠から離れられない。この点でも、一見似たような内容を口にする人物が持っているフレームを瞬時に判断できる。」

「だから、(手前味噌ではあるが)、あの本には必要なことを全て盛り込んだつもりだ。それぞれの章の内容は独立しているようで、実は相補的に「一つの考え方」が記述されている。」

(おまけ1)
「フッサールの「内的時間意識の現象学」の過去把持の図を、「現在という幅のない時間」という縦線一本で切り取って、その断面図を分析することを提案したのが、私のアイディアの核心部分というべきかな。「幅のない時間」という観点自体はありふれているけど、フッサールは意識してなかったはず。」

(おまけ2)
「(普通に生活している限りにおいて人は)意識そのものが「幅」を前提としているので、現実(時間)に幅があることに気づいていないと言えばいいのかな。空気の中にあって空気を意識しないように。幅がないはずの「現在」においてなぜ動きが存在できるのかという古典哲学の一つの解としてね。」

(おまけ3)
「似た性格を持つ複数のニューロン群の、それぞれの群の活動電位は再発火に必要な0.3秒以上の周期で変動しているにもかかわらず、複数全体の活動電位の総量が常に一定になるような脳内の部位があるはず。一つ二つでなく、かなりの数。「予想」です ^_^」

(おまけ4)
「活動電位の総量が常に一定になる複数のニューロン群のセットがあるはずだと前に書いたけど、おそらくその上限をダムの水量調節のようにコントロールする機能が脳の中にあるはず。おそらく比較的単純な仕組みで。その機能が低下した時、脳内で「暴走」が起きるんじゃないかと。まあ「予想」です。」

 こうしてみると、会話感覚でキーボードを打っている文字数も馬鹿にならない。
 そういえば私が受験指導として作っている添削プリントの文字数は、毎年本一冊分ぐらいになる。それを生徒に読んでもらってから、口頭で説明という手順でやっているのね、いつも。

※ つぶやき中の「フレーム」とは、人それぞれが持っている考え方の枠組みといった意味で、認知心理学の用語です。

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