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2014年9月21日 (日)

ダニエル・C・デネット『解明される意識』

 時間に余裕がある時に「手遊び検索」をすることがある。北米Googleを使って拙宅「熊男の住処」の"time consciousness in the neural illusion"を、あれこれ単語を省略しながら検索することも多い。"time consciousness is illusion"とかでも1ページ目に拙宅が出てくるので、しめしめと思っていたが、そういった検索の第一位にダニエル・デネットという人物の名前が出てくることが多く、自然に気になり始めていた。

北米Google 検索ワード"time consciousness is illusion"

 何かの際に同じ名前を目にしてさらに興味を持った。著作を調べると、『解明される意識』という本が邦訳されているのがわかり、早速アマゾン購入してみた。

 まだ読んでいる途中だが、前半を読んでいて目ん玉が飛び出そうになった。ステレオグラムが出てくるのである。そしてこんな説明が書いてあった。

「例えばランダム・ドット・ステレオグラムなどは、私たちが直ちにそれに対する時間的類比を思い浮かべることができるような空間的問題である。だとすれば、原理的には、脳はそのようなプロセスによって、つまりは、データを左右の眼から引き出すかわりに、時間的判断を要するプロセスに含まれた一切の情報源からデータを引き出すことによって、自分の抱えている時間的推理という問題のあるものを解決することができることになる。」(P186)

 正直終わったと思った。『解明される意識』の初版は1998年。私がブログ記事「ステレオグラムと時間意識」を書いたのが2008年。比較にならない。自分のアイディアの核が既に別の人物、しかもその領域を代表するような著名人によって語られているとは…。絶句。

 しかし、ふと冷静になって考えてみると、確かに「ステレオグラム」を発想源にしている点は共通しているが、上記の引用の範囲では、「一定幅の時間内の脳内情報を我々の脳が編集している」という点しか語られていない。それだけなら、下條信輔さんの「脳の来歴」や、茂木健一郎さんの「相互作用同時性の原理」と同じである。我々の日常的な知覚の全てが、右目と左目の知覚情報を一つにするのと同じ原理で、過去の残像と今この瞬間の実像との「ステレオグラム合成」によって成立しているというのが私の本の主張である。

 それでも私はかなり動揺していた。

 全て読み終わらないうちに、デネットさんのアイディアの核らしき「多元的草稿モデル」がどのようなものであるかが気になって読みそのものが進まなくなり、大学生の手抜きレポートよろしくあれこれネットで調べ始めた。

 そうすると「多元的草稿」という表現でわかるように、どうやら脳の中で、様々な認識、様々な行動パターンが、「草稿」、つまり脳によって提案され、我々はそのどれかを選び取りながら「意識」を発生させているという考え方らしいことがわかってきた。

 私のアイディアは、シンプルだ。恒常的に「過去」と「今」が脳内で合成されており、合成された時にのみ「意識」が発生し、その副次的産物として「時間認識」が生まれている、というものだ。その考え方で、「フラッシュラグ効果」等、様々な錯覚の原因を説明できると。

 自分のアイディアが既に他の誰かから提案されていたとしても、それ自体は仕方のないことだ。しかし、それに気づかないでいることは間抜けの極みである。私は正直ほっとした。しかし、まだ動揺は続いている。『解明される意識』そのものをこれからじっくり読み込んで、「多元的草稿モデル」が本当に上記のような解釈で間違いないのか確かめてみるつもりだ。

 観点そのものは極めて近い。願わくはデネットさんのアイディアを発展させた位置に私のアイディアがありますように。戯言と言われてもかまわないが、オリジナルではありたい。
 

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