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2014年11月30日 (日)

(短編小説)「龍馬暗殺」、次の日

「坂本さんは本当にすごいお人だ。」

 彼はつぶやくように言った。体中に包帯が巻かれて真っ白ななりの、目の部分だけが切り抜かれて、片方の瞳だけがそこからのぞいている。

「同時にひどいお人でもある。」

 真っ白な包帯の、口の部分だけがわずかに動いて、静かな落ち着いた声を響かせている。

「藤吉は死んだそうだな。これで私のやるべきことは決まったよ。」

 私は黙って彼の話を聞いていた。

「一つおまえに頼まれてほしいことがある。ここで話しても大丈夫か?」

 私は黙って頷いた。

「近江屋に来る前から私は気が立っていた。薩長同盟、大政奉還と時代が動き始め、その中心に自分がいるという思いが、私の気持ちを高ぶらせていたのだろう。土佐藩を抜け、長州に身を投じて以来、数えきれないほどの戦を生き抜いてきた。ついにそれが報われる時が来たという思いで、近江屋に急ぐ私の足は宙に浮くようだった。」

「坂本さんと話したいことはたくさんあった。お祝いもしたかった。つめを誤らないように、薩長を官軍に仕立てて最後の戦を仕掛けることについても納得させたかった。お前達若い連中が、戦に反対する者は許さないなどと息巻いているのも耳に入ってきていたからな。話し合いで納得してもらおうと思っていた。しかし、それだけではなかった。」

「私は、お龍さんのことが不憫でなあ。長崎とか下関に一人でいるのを何度か見たことがある。不思議な人で、私に会うと必ず私の顔をじっと見つめてくるんだ。それで私はいつも同じように、私の顔になにかついてますかと問いかける。それが挨拶がわりみたいだった。今から考えると、私の表情から坂本さんの様子を読み取ろうとしていたのだろうなあ。心変わりしていないかと。」

「坂本さんはああいう人だからもてるのは仕方がないとしても、お龍さんのようなお人に寂しい思いをさせるのは許せなかった。お龍さんに会う度に私の心の奥にそういう思いが積み重なっていったようでな。近江屋で話のついでに、一言言おうと決心していた。」

「夕方ぐらいから飲み始めて、最初は二人ともいい気分で飲んでいた。そもそも坂本さんと私は何度となく激論を闘わせたものだ。だからつい感情が激して取り返しの付かないことにならないようにと、二人とも話し合う時には刀を離れた場所に置くことにしていた。ところが、いまさら私とそんな深刻な話になるはずがないと思っていたのか、坂本さんは私が小刀を身につけたままでいるのをとがめずにいた。私自身も、あんなことになるとは思っていなかったので、そのまま二人でいい気分で酔っぱらっていた。」

「夜も更けてきた頃、何かの話題がきっかけで、戦の是非について話し始めた。それまでの和やかな雰囲気が一変して、二人とも次第に頭に血が上り始めていた。思えばあの時点で小刀を体から離しておくべきだった。しかし酔っていたこともあって、私は自分が小刀を身に帯びていることさえ忘れていた。」

「坂本さんは人の気持ちが分かっていない、と私は言った。戦をしないで長州の人々の気持ちが休まるはずがない、と私は続けた。長州の人々と一緒に闘ってきた私には分かる。しかもあなたが分かっていないのはそれだけじゃない、と言いかけて私は口をつぐんだ。」

「坂本さんは身を乗り出してきて、なんだ言ってみろ、と言った。」

「私はお龍さんの話をした。考えてみれば人の女房について意見するなど許されるはずはなかった。妙な話ではあるが、一つ事を為したという思いが、私の心から正常な判断力を奪ってしまっていたのだろう。」

「坂本さんは当然のごとく怒った。なんだお前は人の女房のことに口出しするのか一体何様のつもりだと私をなじった。」

「坂本さんは私の右手を見つめていた。私の右手は知らず知らずのうちに小刀の柄の上に置かれていた。

「坂本さんは、私に向かって怒鳴った。なんだその手は。俺を斬るってのか。ばかばかしい。斬れ斬れ。斬ってお龍と一緒になれば良かろう。」

 彼はそこでしばらく黙った。それからまた話し始めた。

「そこから後のことはよく覚えていない。気づくと私は藤吉に殴られていた。藤吉は泣きながら私を殴っていた。その時、お前たちが飛び込んできた。私は藤吉がお前たちに斬られるをぼんやりと見ていた。呆然としていた私は、それを止めることすらできなかったのだ。」

「私は自分を許せなかった。私は切腹を決意した。その時、死んだと思っていた坂本さんが、意識を取り戻した。」

「坂本さんはひどい人だ。私に向かって生きろと言った。俺はもうだめだ。だからお前は俺の分まで生きなきゃならない。俺がこれからやるはずのことをお前がやらなければならない。だからお前はどんなに自分が許せなくても、死ぬことは許されない。お前は恥を忍んで生き続けよ。そう言って目を閉じ、もう二度と意識を取り戻すことはなかった。」

「私は死ぬことはできなくなった。しかし、私は自分を許すことはできなかった。坂本さんの命を奪った自分の右手を許すことはできなかった。その後のことについては記憶がない。お前達にはずいぶん迷惑を掛けてしまったようだがな。」

 私はゆっくり首を振った。そして彼の目をのぞき込んだ。しかし彼の瞳は静かなままで、そこから言葉以上のものを読み取ることはできなかった。

「最初に言った頼まれてほしいことというのはだな、まず坂本さんのことだ。私は坂本さんとの約束は守れないかもしれない。あれを守れと言うのは酷だろう。それ以上に残念でならないのだ。二人とも命を張って時代を日本を動かしてきたのに、こんなことで命を失ってしまうとは。私のことはいい。坂本さんがこれまでやって来たことを後世に伝えてくれまいか。出来れば彼の望み通り江戸の町も焼かずにいてくれるといいが。」

「それからお龍さんのことだ。私はやはり彼女のことが好きだったのだと思う。彼女が今後困ることのないよう、面倒をみてやってはくれまいか。坂本さんも同じことを言っただろうよ。」

瞳しか見えない包帯の奥で、彼の顔は笑っているような気がした。いつものあの笑顔で。

「長話をして眠くなった。おなかも空いてきた。少し横になるのでその間になにか口に入れる物を作ってくれないかな。焼きめしが食いたいな。」

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